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サクラを見た。一緒に見られた。

午前一時半、風呂上がりに自転車で近所のローソンに走った。
先日買ったローソンの食パンが気に入ったのだ。ふんわりしっとり八枚切り。サンドイッチを作るのにちょうどいい。
それに、ジャックの薬を包んで飲ませるのにちょうどいい。
うまく騙されてくれる。
日にちの過ぎた水分の抜けたパンだと薬だけ歯の隙間から吐き出すのだ。
相手もだんだん学習する。

土曜日あたりから気温の上昇と共に公園の桜がぐんぐん咲き始めた。
花見客で賑わっている。
しかし、桜を見上げても死を間近に控えたジャックと一緒だと浮き立つというより、なんていうかホッとする。

一月に腎臓病の数値が上がり、そのまま上がり続け、週二回の点滴が毎日になり、量は倍以上になった。
お互い慣れてきたとはいえ、ジャックも僕たちも疲れてきた。
まずは梅まつり……梅の花が咲くまで、と思い、クリア。
次は桜が咲くまで、と思い、ようやくの桜だ。
桜がひときわ美しいと思えるのも仕方ない。
来年は一緒に見られないのだから。

今日のジャックは元気だった。玄関から飛び出す勢いも食欲も、元気だった頃のようだ。犬も春が嬉しいものなのだろうか。きっとそうだろう。

生ハムとサニーレタス、それに野菜ジュース……食パン。
これはどうやら新製品らしい。
それらを買ってから、自転車に乗って戻る。
井の頭線をまたぐ小さな橋のあたりに、桜の木が植っている家がある。古い街灯に照らされてぼんやりと青白く浮かんでいる。
日当たりがいいのか、公園の桜より咲きがいい。

今日は腹水が溜まって闘病中の犬と出会った。初めて会う犬と飼い主さんだった。ジャックが寄っていき挨拶したのだ。
このところジャックは知らない犬であろうと近寄っていく。
まるでみんなに別れを告げて回っているようだ。
お互いの病状を話し合い、エールを送り合う。
犬も飼い主も。

かつてのように走り回りもしないし、リードをグイグイ引くわけでもない。よろよろと……というとジャックに失礼か。ちょこちょこと公園を歩く。
僕の歩幅もスピードも半分になった。
ゆっくり歩くと、目に入る景色も人も変わる。
そんな当たり前のことに、気付かされる。

悟ったようなことを書きたいわけではなく、事実そうなのだ。
今まで話さなかった人たちと、毎日のように出会い、会話し、やさしい気持ちになる。一日でも健やかな日が続きますようにと心の内で祈る。

この三ヶ月で、ジャックが僕たちに教えてくれたことだ。

三時半を過ぎた頃、僕はサンドイッチを作る。
ジャックが起きてくる。
おしっっこさせてから、パンのかけらをあげる。
ジャックは短い尻尾を振り、もっとよこせと僕を見上げる。
その瞳は輝いている。

まだまだ。
そう簡単には死なないよ。

錯覚かもしれないけど、そんなふうに思えるのだ。
それも桜が咲いたからかもしれない。

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