見出し画像

社労士試験 予備校では教えないポイント解説 vol.062

労働者災害補償保険法(2)

業務災害、複数業務要因災害及び通勤災害

試験では、ほぼ毎年出題される論点です。しかし、事例問題も多く、難易度は高いです。そもそも事例問題は最高裁判例が多く、最高裁まで行ってるのですから、かなりグレーゾーンな部分があります。ですから、我々素人がたった3分で正答を出すのは無理です。事例問題は問題文も長く、正答率も低いので、ガッツリ解いていくと後の問題の解答時間が圧縮されてしまうので得策とは言えません。しかも、この論点が試験に出された場合、正答率を低くする要因が『業務災害と通勤災害の区分』です。複数業務要因災害は、近年、過労死問題が問題となっているのに伴って制定されたという経緯なので、労働時間のみが論点なので、試験に出されたら、多分、正誤判断を誤ることはありません。ただ、この論点でも、今は制度ができて間がないので判例が少ないと思いますが、これからどんどん判例ができると、当然、グレーゾーンだから裁判になるので、試験問題としての難易度は上がってくると思います。
業務災害と通勤災害の正誤判断の正答率を下げる要因は、『誤っている』ということを判断するポイントが二つあることです。これが、他の論点と違うところです。
例えば、『○○は、通勤災害である。』という問題で『✕』とすべき選択肢が二つあります。
一つは、他の論点と同じで、
『そもそも労災事故にならない場合』
です。これは比較的正誤判断は易しいのですが、もう一つ✕とすべき選択肢が、
『業務災害となる場合』
です。これが正答率を下げる原因です。例えば、休日に緊急で呼び出された場合の通勤途中の事故は、通勤災害ではなく業務災害となります。また、試験中は焦りもあり、『通勤災害』を聞かれている問題で、『これは業務災害』だと判っていても○としてしまうこともあります。特に問題文の語尾が『これは通勤災害ではない。』となっていたら、二重否定になるので、○✕の判断をさらに難しくします。落ち着いて解きましょう。
勉強としては判例も多くて面白いところなのですが、どうせ試験にはかなりのグレーゾーンの問題しか出されませんので、余り時間を掛けずに、さっさと次の問題に行きましょう。
私は、事例・判例問題は、試験委員の先生の『自慢の一品』だと思っています(笑)。なので、『この先生、よく知ってるな~』と思って、さっさと次の問題に行ってました。

①業務災害

1)業務災害の認定

『労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡』を『業務災害』といいます。業務災害と認定されるには、次の2点がともにあると認められることが必要です。
1.業務に内在する危険有害性が現実化したと『経験則上』認められること。つまり、『この業務を行うと、こういう事故が発生してもおかしくない。』ということです。『業務起因』といいます。発生の頻度が非常に低くても、その事故の発生が想定されれば業務起因性が認められる場合もあります。
2.職業病などの特殊な場合を除き、その前提として、労働者が使用者の支配下にある状態(『業務遂行性』といいます。)であること。『それを業務としてしなかったら、(結果として)被災しなかった。』ということです。例えば、雪山にスキーに行って雪崩に巻き込まれた場合、『スキーに行った人』は、当然、労災事故にはなりませんが、そのスキー場の職員は労災事故となります。また、前述した、緊急呼び出しされた労働者の通勤途中での事故が通勤災害ではなく業務災害になるのは、『緊急呼び出しがなければ、その事故は起きなかった。』ということです。なお、冒頭の『職業病を除き』ですが、職業病は長年の業務の積み重ねで発生したものなので、原因は判っていて、業務起因性や業務遂行性があるということも間違いないと言えるのですか、『いつ、どこで発生した』ということが特定できないからです。もし同じ業務を転職しながらいくつかの会社でしていたら、『ここの会社が原因』とは言えないからですね。(もちろん、健康保険その他での救済があります。やっぱり補償問題でもめるのか、判例も多いです。)
【派遣労働者の場合】
派遣労働者に係る業務災害の認定に当たっては、
・派遣労働者が派遣元事業主との間の労働契約に基づき派遣元事業主の支配下にある場合
・派遣元事業と派遣先事業との間の労働者派遣契約に基づき派遣先事業主の支配下にある場合
には、一般に、業務遂行性があるものとして取り扱われます。
判りやすく言えば、派遣先での仕事中に怪我をしても、派遣元の事務所で転んで怪我をしても、業務遂行性が認められるということです。

2)業務遂行性が認められる場合

以下に、その例を挙げます。各予備校のテキストや外販教材でも同じような事例が挙げられていると思いますが、実際にはもっともっと事例があって、裁判にもなっている例も多いので、試験では、以下の事例から『類推』するしかありません。しかも、類推の逆手を取ったような問題も出されます。。。
また、業務上の負傷又は疾病が治ったら(重要注:労災保険法や健康保険法で『治る』とは『元通りになる』ことではなく、『症状が固定化して、これ以上の治療を続ける必要がなくなった、又は、これ以上治療しても治療の効果かないと判断される』場合をいいます。)、障害が残らない限り、給付は終了となります(障害が残れば障害補償給付が支給される場合があります。)が、もし、その負傷や疾病が再発した場合は、その業務上の負傷又は傷病が継続したとして、保険給付の対象となります。
1.作業中(風水害等の異常気象下での作業や事業主の私用を手伝う場合を含む。台風が接近する中での飛散物による怪我や、労働者から断りにくい上司の私用の手伝いなど『仕事をしていく上で、ありがちな事案』ということです。)
2.用便・飲水等の生理的行為による作業中断中
3.作業の関連・附随行為中
4.作業の準備・後始末・待機中(作業服への着替え、作業後の現場の清掃等)
5.緊急事態・火災等に際して緊急行為中(これは業務とは言い難い事案もありますが、人命優先・事業の存続のためなど、緊急やむを得ない事案として、業務遂行性が認められています。この事案での試験問題が多いです。どこまでが『緊急行為』になるかの判断です。)
6.事業所施設内での休憩中(事業主に、その施設の管理責任があるからです。)
7.出張中(住居と出張先との往復を含む。つまり、『通勤災害にはならない。』ということです。『出張中』なので、ホテルで火災に巻き込まれたケースも労災となります。出張命令がなければ、火災に巻き込まれることもなかったからです。)
8.通勤途上であっても、業務の性質が認められる場合(前述、緊急呼び出しの場合や、『事業主提供の専用交通機関(つまり、送迎バスなど)』で通勤する場合。送迎バスに乗った時点から『事業主の支配下にあり、他の通勤方法の選択の余地がなくなるから』です。)
9.運動競技会等に参加中であっても、業務の性質が認められる場合(その競技会等に参加することが会社から強制されている場合や、世話役として会社側の代表として参加している場合など。社員旅行の幹事さんがこのケースです。)

3)業務起因性が認められない場合

仕事中に起こった事故は、前述の通り、ほとんどが業務遂行性は認められるのですが、業務遂行性が認められる場合であっても、そもそもの業務起因性が認められない場合もあり、一例は以下の通りです。
そもそも、『認められないケース』というのは、裁判により『認められない』と判断されたものの積み重ねなので、なかなかのグレーゾーンです。
1.労働者の積極的な私的・恣意的行為により発生した事故の場合
・自己の業務とはまったく関係のない他人の業務を手伝ったことによる事故。ただし、狭い山道で脱輪した他者の車を助けようとして事故にあった場合で労災認定された事例があります。『この手助けは普通にするだろう。』という趣旨でした。『これぐらいは(当然、)普通にするだろう(してもおかしくない)。。。』という趣旨の事例は多いです。
・休憩中に拾った不発弾をもてあそんで起こした事故
・出張中に業務とは関係のない催し物を見物した帰途における事故
…等
2.業務に内在する危険有害性が現実化したものとは認められないほどの特殊的・例外的要因により発生した事故
・休憩中に銃弾に当たった事故
・児童がバットで打った小石が自動車運転手に当たった事故
・業務に起因しないことが明らかな他人の暴行による事故。上司が強く叱責した部下に暴行された例は、労災認定されました。
…等
ということです。これを試験に出されても、たまたま裁判の結果を知っていれば正誤判断はできると思いますが、知らない判例だと、難しいです。。。社労士試験は国家試験ですので、これらの問題の事例は試験委員の先生が勝手に作るはずはなく、必ず判例から引用していると思います。

4)業務上疾病の認定

業務上疾病とは、業務と相当因果関係にある疾病をいいます。
業務上疾病は『厚生労働省令(労働基準法施行規則別表第1の2)』に列挙されています。原則、この表に当てはまらない場合は、業務上疾病とは認められません。
このうち、当該別表の最後(第11章)には『その他業務に起因することが明きらかな疾病』と規定され、業務との間に相当因果関係があると認められる疾病について、包括的に業務上疾病として扱うとされています。現在の業務の多様性によりすべての事案を具体的に法律に盛り込むことが困難な状態であることによる規定と言えますので、この部分の事例を試験に出されると難易度は高くなると思われます。
【労働基準法施行規則別表第1の2】(抜粋 ※これ以上細かな部分は試験には出されないと思いますが、気になる方は、簡単にネット検索できると思いますので、お手数ですが、お調べください。)
一 業務上の負傷に起因する疾病
  ※誰が見ても『業務中に怪我をした』という典型的な労災事故がこのケースです。
二 物理的因子による次に掲げる疾病
  (詳細略)
  ※紫外線、高気圧や低気圧、暑熱や寒冷、著しい騒音の発生する場所などでの業務による疾病です。『危険有害業務』とほぼ同じです。
三 身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病
  (詳細略)
  ※重量物の取り扱いや削岩気、チェーンソーなどでの作業です。
四 化学物質等による次に掲げる疾病
  (詳細略)
  ※石綿にさらされる業務もこの号に入ります。
五 粉塵を飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法(昭和三十五年法律第三十号)に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則(昭和三十五年労働省令第六号)第一条各号に掲げる疾病
六 細菌、ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病
  (詳細略)
七 がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による次に掲げる疾病
  (詳細略)
八 長時間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく憎悪させる業務、くも膜下出血、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突発死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に附随する疾病
  ※長時間労働が問題となり、近年改正された部分です。
九 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに附随する疾病
  ※列車への飛び込み自殺の対応をした車掌さんの精神障害が典型的な例です。
十 各号に掲げるものの他、厚生労働大臣の指定する疾病
  ※業務の多様性により、近年追加となった号です。
十一 その他業務に起因することの明らかな疾病
  ※十号の追加により十一号になっています。
【八号及び九号の補記】
1.脳・心臓疾患の認定基準(R3.9.14基発0914第1号)
 過労死等の原因となっている脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)について、その認定基準を定めたもの(下記注1)
2.心理的負荷による精神障害の認定基準(R5.9.1基発0901第2号)
 仕事の失敗、過重な重圧等の心理的負荷による精神障害及び自殺について、その業務上外の認定を行う際の基準を定めたもの(下記注2)
【注1】
次の1.2.又は3.の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、労基則別表第1の2第8号に該当する疾患として取り扱う。
1.発症前の長期間(発症前概ね6ヶ月)に渡って、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長期間の過重業務)。
※発症前1ヶ月に100時間または2~6ヶ月間平均で月80時間を超える時間外労働
※その他、拘束時間が長い勤務や出張の多い業務など
2.発症に近接した時期(発症前概ね1週間)において、特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務)
※発症前概ね1週間に継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の時間外労働が認められる場合
3.発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)。
試験的には、6ヶ月→1週間→前日という刻み方はしっかりと押さえましょう。100時間と80時間というのは、『研究開発業務従事者や高度プロフェッショナル制度の対象労働者の面接指導等の対象になっている状態』という押さえ方で大丈夫です。
【注2】
次の1.2.及び3.のいずれの要件も満たす対象疾病は、労基則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。
1.対象疾病を発症していること。
2.対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3.業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。

②複数業務要因災害

1)複数業務要因災害の認定

『複数事業労働省(負傷、疾病、障害又は死亡の原因又は要因となる事由が生じた時点において事業主が同一人でない2以上の事業に同時に使用されていた労働省を含み、以下同じとします。)の2以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡』を『複数業務要因災害』といいます。
複数事業労働者とは、複数の会社と労働契約を結んでいる場合の他、1社と労働契約関係にあり他の就業について(労災保険の)特別加入をしている者、複数の就業について特別加入している者も含まれます。
複数事業労働者については、前記①の業務災害や後記③の通勤災害のほか、それぞれの就業先の業務上の負荷(労働時間やストレス等)のみでは業務と傷病等との間に因果関係が認められないものの、複数の就業先での業務上の負荷を総合して評価することにより傷病等との間に因果関係が認められる場合には、複数業務要因災害として認定され得ることになります。

2)複数業務要因災害による疾病

複数業務要因災害による疾病については、労働者災害補償保険法に『厚生労働省令で定めるものに限る』と規定されており、その範囲は、当該厚生労働省令(労働者災害補償保険法施行規則)に『労働基準法施行規則別表第1の2第8号及び第9号に掲げる疾病(上記参照。脳・心臓疾患、心理的負荷による精神障害)その他2以上の事業を要因とすることの明らかな疾病』と規定されています。
なお、例えば、疾病を発症したときに1つの会社のみで使用されている場合や2つ以上の会社をすべて退職している場合であっても、その疾病の原因・要因となるものが、2つ以上の会社で使用されている際に存在していたならば、複数事業労働者に該当します。複数業務要因災害は長期間労働や過重な心理的負荷による精神障害なので、なかなかすぐには発症しない場合が多いからです。上記のように、発症したときに1社のみで働いている、若しくはすべて退職しているというのは、2以上の会社で働くことが精神的に困難であったという場合もあるからです。

③通勤災害

以前は、複数業務要因災害がなかったので、この通勤災害が②となるベき章でした。

1)通勤災害の認定

『労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡』を『通勤災害』といいます。ここで、『通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。』
通勤の規定からして、かなりグレーゾーンを感じさせます。なぜ、業務上ではない(使用者の支配下ではない)通勤時の事故にまで労災保険が適用されるかといえば、『就業するためには通勤という行為は不可欠』であるから、逆に言えば、『就業することがなかったら、起きなかった事故』ということです。試験では、『合理的な経路』『合理的な方法』がよく問われます。朝、奥さんを、自分の会社を通り越して奥さんの会社まで車で送り届けた後に、自分の会社に戻る途中での事故は通勤災害とされました。経路的には『合理的』とは言い難いのですが、『奥さんを会社まで送るということは、通常、ありがちな行為』だからと判断されたからです。こういう理論展開の事案を試験に出されても、なかなか正誤判断は難しいです。。。
詳細説明は後述しますが、通勤とは、以下のことを指します。
1.住居と就業場所との間の往復
2.厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
※労災保険は、終点たる移動先での適用となります。移動先への通勤ということです。複数事業労働者を想定しています。
3.1.の往復に先行し、又は後続する住居間の移動であって所定の要件に該当するもの。
以下、『通勤』と認定される要件を説明します。判例も多く、なかなかのグレーゾーンも多いです。通勤災害と認定されて労災保険が適用されるか否(この場合、3割負担の健康保険を利用することになる)かは、被災労働者にとっては雲泥の差ですから。。。

1.通勤によること

『通勤による』とは、通勤と相当因果関係のあること、すなわち、通勤に通常伴う危険が具体化したことをいいます。
・帰宅途中にひったくりや暴漢にあった事故。 ※暴漢はスナックのウエイトレスをされている女性が深夜の帰宅途中に暴漢に襲われたという事案で『業務の性質上、深夜に女性が帰宅すること』と『暴漢に襲われる』ということに相当因果関係があると判断されたからです。
・通勤途中に野犬に噛まれた事故
・自動車通勤をする労働者が自動車の発進を促すためクラクションを鳴らしたことにより射殺された事故。 ※暴力団員に射殺されたこの事案は社会問題となりました。
・昼休みに自宅に食事に行く往復途上の事故(原則)。 ※敷地内に社員食堂等があり、かつ、外出に会社の許可が必要な場合は認定されない場合があります。
…等です。逆に該当しない例は、
・出勤途上で階段を下る途中に急性心不全で死亡した事故。 こ急性心不全は、その労働者に内在するもので、出勤途上ではなくても発症する可能性があったからです。
…等。

2.就業関連性があること

『就業に関し』とは、移動行為が『業務に就くため』又は『業務が終了したため』に行われるものであることをいいます。従って、始業時点又は終業時点と時間的に繋がりがあることが必要です(原則)。したがって、一般に早出、遅刻、早退の場合であっても通勤災害の対象とされますが、またまた私生活上の必要等の理由で住居と就業の場所との間を往復するような場合は通勤災害の対象とはされません。ですが、自宅に忘れた眼鏡を取りに帰ったケースは通勤災害が認められました。
なお、(社内の)サークル活動や組合活動等で始業時刻より早めに出社したり、終業時刻より遅れて退社する場合も、その活動と通勤との関連性を失わせると認められるほど長期間(概ね2時間超)となる場合を除き、通勤災害の対象とされます。2時間を超える場合は、たまたま会社内にはいても、その目的が、もはや就業のためではなく、そのサークル活動や労働組合活動に置き換わっているといえるからです。

3.次のいずれかに該当する移動であること

〈a.住居と就業の場所との間の往復〉
始点又は終点が住居であるケースです。
『住居』とは、労働者が居住して日常生活の用に供している家屋等の場所で、本人の就業のための拠点となっている所を云います。したがって、単身赴任等で、帰省先住居(家族の住む自宅)とは別に単身赴任先住居(1人で住むマンション等)を借りている場合は、その単身赴任先住居の方が『住居』になります。ただし、帰省先住居からの通勤することに『反復・継続性』が認められる場合(月末・週末帰宅型通勤。概ね、毎月1回以上の往復行為又は移動がある場合に認められます。)は、赴任先住居と帰省先住居の双方が住居と認められます。その他、通常は自宅から通勤するものの、早出や長期間の残業の場合には別に借りているマンションに泊まり、そこから通勤するような場合の自宅とマンションについても、『双方が住居』と認められます。
また、ストライキや台風等のために臨時にホテルに泊まる場合のように、やむを得ない事情で就業のために一時的に住居の場所を移していると認められる場合は、その宿泊場所も『住居』と認められます。
次に、『就業の場所』とは、労働者が業務を開始し又は終了する場所をいいますが、会議・研修などの会場や会社の行う行事の現場なども含まれます。
最後に、『往復』とは、不特定多数の者の通行を予定している場所での往復をいいます。例えば、出社しようとしていたといっても、一戸建ての屋敷構えの住居の玄関先(つまり、門を出る前)で事故が発生した場合は、未だ『住居』での事故であり、(出発したとは認められないので)『往復』とは認められません。逆に、マンションの玄関から1階ロビーまでの間での事故は、『不特定多数の者の通行』が想定されますので、通勤途中の事故と認められます。別の角度から見ると、一戸建ての門までの管理責任は労働者本人にありますが、マンションの廊下やロピーの管理責任はマンションの管理組合や委託された管理会社にあるともいえますね。。。
〈b.厚生労働省令で定める就業することが場所から他の就業の場所への移動〉
複数事業労働者の事業場間の移動のケースです。
厚生労働省令で定める就業の場所(複数の事業場に就業する労働者が事業場間を移動する場合の起点となる就業の場所)とは、次の場所をいいます。『なにやら怪しい場所からの移動ではない。』というイメージです。
①労災保険の適用事業及び労災保険の保険関係が成立している暫定任意適用事業に係る就業の場所
②特別加入者(通勤災害制度が適用されない者(『通勤』という概念のない農家や漁師、タクシー運転手などです。詳細は後の記事で説明します。※農家等は『住居からの移動』という扱いになるので、結果的には通勤災害になります。)を除く。)に係る就業の場所
③その他①②に類する就業の場所(国家公務員災害補償法や地方公務員災害補償法による通勤災害保護制度の対象となる勤務場所又は就業の場合とされています。)
また、他の就業の場所(移動の終点となる就業の場所)は、労災保険の通勤災害保護制度の対象となる事業場に限ります。これは、複数事業場間の移動は、その移動の終点たる事業場において労働の提供を行うために行われる通勤であると考えられているためです。したがって、その移動の間に起こった通勤災害に関する保険関係の処理については、終点事業場の保険関係で行うこととされています。
【居住場所の一時的移動と認められる事故】(抜粋)
・夫の看病のため、姑と交代で1日おきに寝泊まりしている病院から出勤する途中の事故
・長女の出産に際しその家族の世話をするために泊まり込んだ長女宅から出勤する途中の事故
…等。『それぐらいは、生活する上で当然にあるだろう。』という事案です。
〈c.住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動で所定の移動であって所定の要件に該当するもの〉
大まかにいうと、a.との違いは、始点も終点も『住居』であることです。
この要件に該当するためには、まず、当該移動を行う労働者(単身赴任者等)が、転任に伴い、当該転任の直前の住居(以下、『帰省先住居』といいます。)と就業の場所との間を日々往復することが当該往復の距離等を考慮して困難となったため住居を移転(以下、当該移転先住居を『赴任先住居』といいます。)した労働者であって、やむを得ない事情(下記注)により、帰省先住居に居住している次に掲げる者と別居することとなったものでなければなりません。
①配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。 ※この『婚姻の届出をしていないが。。。』という要件は、社労士試験の全科目共通です。当然、婚姻届を出さない限り相続人とはならないので、相続税法(税理士試験)や不動産登記法(司法書士試験)を勉強するのなら注意を要しますが、おそらく、私の社労士試験勉強中に『婚姻の届出をしていない者を除く』『婚姻の届出をしている者に限る』というフレーズを見た記憶がありません。ただし、重婚関係の場合は、基本は先に婚姻届を出した方が『配偶者』となりますが、『実態重視』という扱いです。)
②子(労働者に配偶者がない場合に限る。要は、『配偶者に世話を頼めない』という状態なので、労働者が住居間を往復して世話をする必然性があるということです。)
③父母又は親族であって、要介護状態にあり、かつ、当該労働者が介護をしていたもの。(労働者に配偶者又は子がない場合に限る。)
また、この要件に該当するためには、帰省先住居への移動に反復・継続性が認められ、かつ、居住間の移動が次の要件を満たすものでなければなりません。
①帰省先住居から赴任先住居への移動の場合にあっては、業務に就く当日又はその前日に行われたものであること。ただし、交通機関の状況等の合理的理由があるときに限っては、その前々日以前に行われたものであってもよい。
②赴任先住居から帰省先住居への移動の場合にあっては、業務に従事した当日又はその翌日に行われたものであること。ただし、交通機関の状況等の合理的理由があるときに限っては、その翌々日以後に行われたものであってもよい。
【やむを得ない事情】(抜粋)
・配偶者が、要介護状態にある労働者又は配偶者の父母又は親族を介護すること。
・配偶者が、学校等に在学し、保育所若しくは幼保連携型認定こども園に通い、又は職業訓練を受けている同居の子(18歳の年度末までの間にある子に限る。)を養育すること。
・配偶者が、引き続き就業すること。
・子(18歳の年度末までの間にある子に限る。)が学校等に在学し、保育所若しくは幼保連携型認定こども園に通い、又は職業訓練を受けていること。(※2つ上の事例との違いは、配偶者がいないことです。)
・父母又は親族が、引き続き当該転任の直前まで日常生活を営んでいた地域において介護を受けなければならないこと。
…等です。
【要介護状態】
負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害により、2週間以上にわたり常時介護を必要とする状態をいいます。この『要介護状態』の認定基準は、他の法律ごとに違いますので、試験に出るかもしれませんので、押さえどころです。併せて、『介護を受ける』側なのか『介護をする』側なのかもしっかりと押さえましょう。傾向としては、『介護をする』側の基準の方がハードルは低いです。

4.合理的な経路及び方法であること

『合理的な経路』とは、社会通念上一般に通行するであろうと考えられる経路をいいます。したがって、無用な遠回りをいていると認められるような場合は通勤災害とはされません。あくまで、元々制定されていなかったこの通勤災害は、『就業するために必要な補償だろう。。。』という趣旨で労災保険で追加でカバーされたので、あくまでも『通勤経路』である必要があるからです。
また『合理的な方法』とは、社会通念上一般に是認されるであろうと考えられる手段をいいます。したがって、会社に申請している通勤方法と異なる通勤方法であっても、それが通常の(被災労働者以外の)労働者が用いる方法(交通機関や自転車、徒歩等)であれば問題ありません。電動キックボードも道路交通法で第一種原動機付自転車とされたので、『合理的手動』として通勤災害として認められる可能性はあります(もちろん、会社の就業規則等で、『禁止』されていたらダメですが。)。普通の足蹴り式のキックボードは、あくまでも玩具の扱いなので、会社がキックボードでの通勤を認めている場合を除き(おそらく、ほとんどの会社は認めないとは思いますが。。。)通勤災害とはされないと思います。まだキックボード系の判例は見たことがないので、正確な情報ではありませんが。。。
【合理的な方法として認められない場合】(抜粋)
・無免許者の運転(単なる免許証不携帯、免許証の更新忘れによる無免許運転を除く。ただし、この場合は、必ずしも合理性を欠くとは取り扱われないというだけで、支給制限(減額等)の対象とはなります。)による事故
・泥酔運転による事故

5.業務の性質を有するものでないこと

上記の基準の通り、移動途上での災害であっても、その移動が業務の性質を有すると認められる場合には、通勤災害ではなく、『業務災害』の対象となります。
通勤災害とされても、業務災害とされても、いずれにしても労災保険で救済はされるのですが、後の記事(労働保険料徴収法)で記載しますが、業務災害とされると『メリット制』という労災保険料が高く(あるいは安く)なる制度の対象になるので、実務上は重要かと思います。

2)逸脱・中断

1.原則

『労働者が、移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の(就業の場所又は住居への)移動は、通勤とはしない。』
つまり、通勤の途中で移動の合理的な経路をそれたり(逸脱)、通勤とは関係のない行為を行った(中断)場合には、原則としてその時点で、もはや通勤とは認められなくなります。元々、労災保険の補償の対象外だった通勤災害を、『就業するためには、通勤行為は必用』という観点で、労災保険の補償の対象としたという経緯があるからです。
ただし、ささいな行為を行うに過ぎないと認められる程度であれば、『逸脱・中断』に該当しません。つまり、その『ささいな行為中』も通勤災害として労災保険の対象となるということです。
【ささいな行為】(抜粋)
・通勤経路近く(つまり、通勤経路となる駅や公園)の公衆便所の使用 ※例えば、駅の階段で転倒したら通勤災害となりますので、駅のトイレの床が濡れていて、そこで滑って怪我をしても通勤災害となるということです。
・経路近くの公園での短時間の休憩
・経路上の店でタバコ、雑誌等の購入、ごく短時間のお茶やビール等の飲食
…等です。自販機で買った缶コーヒーを飲んでいる間が『通勤災害の対象外』というのは、あまりにもおかしいですよね。

2.例外

『逸脱又は中断が、日常生活上必要性な行為であって一定のものをやむを得ない事由により行うための最小限のもの(そのために必用とする最小限度の時間・距離等)である場合は、当該逸脱又は中断に間を除き、通勤とする。』
上記の『ささいな行為』との違いは、その行為中は通勤とはされない、つまり、『通勤災害の対象外(つまり、労災保険は適用されない)』ということです。
また、一定の必用行為をやむを得ず行うための最小限の逸脱・中断をした場合であっても、その後に通常の通勤経路に復帰した場合は、『通勤』とされます。
【日常生活上必要な行為であって一定のもの】(抜粋)
①日用品の購入その他これに準ずる行為 ※『日用品』とは認められない例として、装飾品・宝石等、テレビ・冷蔵庫等、自動車、スキー・ゴルフ用品等の購入などが例示されています。ただし、独身者が通勤途中で食事をする場合やテレビ・冷蔵庫の『修理』を依頼しに行く場合、理髪店や美容師に行く場合、市役所に戸籍抄本を取りに行く場合等は『日用品の購入に準ずる行為』として認められます。
②職業能力開発促進法に規定する職業能力開発施設の行う職業訓練、学校教育法に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為 ※労災保険法が労働基準法を前提とした法律なので、労働者の職業訓練をサポートするということだという理解で大丈夫です。もちろん、『逸脱・中断』中なので、職業訓練学校の階段から落ちても労災保険の適用はありません。
③選挙権の行使その他これに準ずる行為 ※憲法で認められている権利だからです。
④病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為 ※社会保険科目で説明しますのでここでは説明を省略しますが、『病院』と『診療所』は扱いが違うことがありますので、別けて覚えておいて下さい。ベッドの数などで別けられます。
⑤要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹並びに配偶者の父母の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る) ※介護といえば『寝たきり老人』を想像しがちですが、『幼い子供』の世話も『介護』となります。

3)通勤による疾病

『通勤による疾病』については、労働者災害補償保険法に『厚生労働省令で定めるものに限る。』と規定されており、その範囲は、当該厚生労働省令(労働者災害補償保険法施行規則)に『通勤による負傷に起因する疾病その他通勤に起因することの明らかな疾病』と規定されています。試験上は『規定上に事例が列挙されているわけではない』ということが重要です。(この論点が過去に出題されています。)
【通勤による疾病】
・タンクローリー車の転倒により流出した有毒性の物質による急性中毒疾患 ※納得しづらい感もありますが『通勤時にこの事故は想定されるだろう』と判断されたものです。
・転倒して頭部を打撲したことにより発症した脳出血
…等です。

以上、見てきたように、今回の論点は判例が元になった『例外』が多く、勉強としては面白いところですが、試験において正答を導き出すのは困難です。『絶対に間違ってない』と思っていても、裁判で争われた論点を間違っていて不正解ということが多いです。正答率も低く、試験委員の先生も(それをわかった上で)よく出題する論点ですので、『業務災害』『通勤災害』というキーワードが出てきたら、深く悩まず、さっさと次の問題に行きましょう。受験生間で得点差か付かない問題なので、時間を掛けずに次の問題に行くことの方が得策です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?