見出し画像

社労士試験 予備校では教えないポイント解説 vol.061

労働者災害補償保険法(1)

労働者災害補償保険法(以下、『労災保険』『労災保険法』と略す場合があります。)を学習する際に、ます最初に押さえなければいけない点は、
『労働者災害補償保険は使用者のための保険』
という点です。『労働者』と付くので労働者のための保険というイメージで捕らえると、意外な引っ掛けに引っ掛かってしまいます。もちろん、労災事故が発生したときに労働者を救済するための保険なので『労働者のための保険』には間違いはありませんが、この労災事故に対する使用者の補償義務は、労働者災害補償保険法から導き出されるものではありません。この補償義務は、労働基準法から発生するものです。ですが、その補償義務は突然発生して、しかも高額になることが多いです。もし労働基準法通りの補償を使用者負担でした場合に、倒産という事態になるところも多いかと思います。もし倒産という事態になれば、当然、被災労働者の補償などできるはずはなく、結局、被災労働者が救済されないということになってしまいます。ですから、その補償義務を『保険』という形にしたのが労働者災害補償保険です。ですから、第一義的には、使用者のための保険ということです。なので、保険料は全額使用者負担です。ただし、給付金は被災労働者のみに支給され、使用者になにがしかの給付金や還付金が支払われることはありません。(ただし、事業を解散したときは、払い過ぎた保険料は還付されます。)ですから、使用者には労災保険への加入義務や労災保険料を支払う義務は当然ありますが、もし労災保険に加入しない、保険料を支払わない、としても罰則はありません。『うちは労災事故が発生しても、ちゃんと労働基準法通りの補償はできる。』という使用者に対してまで、強制的に労災保険料を徴収するわけにはいかないからです。(もちろん、通常は、労災保険に加入して、保険料もちゃんと支払っていると思います。)
また、上記のように、労災保険の保険料は、給付を受けるべき労働者が負担しているわけではありませんので、『被保険者』という概念はありません。
【制度の形成】(社会保険労務ハンドブックからの抜粋)
労働者災害補償保険法は、現在の労働基準法とともに制定・施行された法律であり、労働基準法による使用者の災害補償責任をいわば代行する機能を果たすものとして発足したが、その後の度重なる改正によりそのカバーする範囲は単なる業務災害の補償にとどまらず、通勤災害に対する保護をはじめとして広範囲に及ぶものとなっている。
複数事業に雇用される労働者の二以上の事業を要因とする傷病等については、業務災害に関する保険給付(第3章第2節)や通勤災害に関する保険給付(第3章第3節)とは別に、『複数業務要因災害に関する保険給付』の節(第3章第2節の2)が設けられ、複数業務労働者療養給付以下複数業務労働者介護給付まで、7つの保険給付の仕組みが新設された。給付の内容は、療養補償給付以下介護補償給付の規定までの各規定を準用しており、それぞれと同一となる(令和2年9月1日施行)。
この新制度では、従来の制度では副業等事業主を異にする複数の事業場で就労している場合、A事業場での災害についてはA事業場で受ける賃金のみを基礎にして給付額が決定されていたものがA,B合算して給付額を決定する(※筆者注:被災労働者は、A,Bともに休業することになるから。)ことになる。また、長時間労働によるいわゆる過労死の判断の場合についても、A,Bそれぞれの負荷(労働時間やストレス等)も総合的に評価して労災認定の判断をすることになる。

①目的等

1)目的

『労働者災害補償保険法は、業務上の事由、事業主が同一人でない2以上の事業に使用される労働者(以下『複数業務労働者』という。)の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。』
『労働者災害補償保険法は、この目的を達成するため、事業上の事業、複数事業労働者の2以上の事業を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に関して保険給付を行うほか、社会復帰促進等事業を行うことができる。』

2)管掌

『労働者災害補償保険は、政府が、これを管掌する。』
具体的には、厚生労働省労働基準局で労災保険制度全体の管理運営を行っているほか、地方出先機関として、適用、保険料の徴収・収納の事務などを行う都道府県労働局及び保険給付などの実務などを行う労働基準監督署が置かれています。使用者が都道府県労働局に保険料を収めて、被災労働者が労働基準監督署から給付金をもらうという図式です。なお、給付に関する事務は、原則として労働基準監督署長が行いますが、二次健康診断等給付に関する事務は、都道府県労働局長が行うことになります(実務上も大事ですので、試験に出されるかも?)。二次健康診断等給付は、後の記事で記載しますが、二次健康診断と特定保険指導のことを指します。これらは『給付』という呼び方をしていますが、実際には労働者には現物支給されるものなので労働者がなにがしかの金銭を受けとるわけではありません。また、二次健康診断や特定保険指導は、都道府県労働局長が指定した病院若しくは診療所で行われるため、管轄が都道府県労働局となっているという押さえ方で大丈夫です。
【国庫】
『国庫は、予算の範囲内において、労働者災害補償保険事業に要する費用の一部を補助することができる。』
【所轄】
事業場の所在地を管轄する労働局長・労働基準監督署長としますが、(1)事業場が2以上の管轄区域にまたがる場合は、その事業の主たる事務所の所在地を、(2)複数業務要因災害に関する労災保険等事務については、複数事業労働者の2以上の事業のうち、その収入が当該複数事業労働者の生計を維持する程度が最も高いもの(生計維持事業)の主たる事務所の所在地を、それぞれ管轄する労働局長・労働基準監督署長とします。
(以下、筆者の感想なので、試験には出ません。)つまり、使用者が任意に選択できるわけではないということですが、それより重要なことは、『複数事業労働者は、その全部の使用者に、自分が複数事業労働者であることを伝えておく必要がある。』ということです。(使用者は、その労働者が複数の事業場で労働していることはわからないから。)複数事業労働者に対する労災保険の補償については、最近導入されたものなので、まだ『労働者から使用者に伝えない限りわからない。(実際には、県市民税の通知を詳細に見れば、自分のところで源泉徴収した所得税と合わないので、推定はできるのですが。。。)』ということですが、なかなか労働者側から言うのにはハードルが高かったり、使用者側にも労働者側にもその認識がなかったりします。労働時間が短いと雇用保険や健康保険にも入らないことになりますので、なかなか把握するのが難しいので、ここが問題かと思います。(労災保険は、例え、月に1日しか働かなくても、不法就労の外国人労働者であっても、使用する限りは、加入する必要があります。)

②適用事業

1)適用事業

『労働者災害補償保険法においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。』
つまり、労災保険法は、原則として、労働者を使用する事業すべてに適用されます。
逆にいえば、使用しているのが『労働者』でない場合、つまり、使用している者が同居の親族や家事使用人である場合や、自分が労働者とは見なされない『個人事業主』、労働者ではあるが(労災保険料を負担すべき)使用者のいない、俗にいう『一人親方』である場合、また、日本の法適用外の『海外派遣者』は、労災保険には、原則、加入することはできません。(例外的に『特別加入』できる場合もあります。後の記事で説明します。)

2)適用除外

1.官公署

官公署(国及び地方公共団体の機関)には、原則として国家公務員災害補償法又は地方公務員災害補償法が適用され、労働者災害補償保険法は適用されません。
官公署の職員には『使用者』という概念となるものがおらず、災害補償の財源も、税金だからです。
ただし、地方公共団体の現業部門の『臨時職員等』には、地方公務員災害補償法が適用されず、労働者災害補償保険法が適用されます。
【国の直営事業及び官公署の事業(労働基準法別表第1に掲げる事業を除く。)】
上記事業には、『労働者災害補償保険法は適用しない。』と規定されており、地方公共団体の現業部門(労働基準法別表1に掲げる事業)には労災保険の適用される余地があることになります。ただし、地方公共団体の現業部門であっても、常用の職員等には地方公務員災害補償法が適用されています。つまり、前記の通り『臨時職員等』のみが労働者災害補償保険法の適用を受けるということです。
なお、国の直営事業(現業部門)は、以前は郵便事業や国有林の林業がありましたが、現在は存在しません。

2.行政執行法人の職員

独立行政法人国立印刷局(お札を作っているところ)や独立行政法人造幣局(貨幣を作っているところ)などの行政執行法人の職員には、国家公務員災害補償保険法が適用され、労働者災害補償についてはは適用されません(国家公務員扱い)。なお、行政執行法人以外の独立行政法人(つまり、お金を作らない労働者)の職員には、労働者災害補償保険法が適用されます(民間企業扱い)。印刷局や造幣局の業務は、国の為替などを左右することも有るので、過酷だということです。ただし、この印刷局や造幣局の職員が特別扱いされるのは、国家公務員災害補償保険法のみであって、雇用保険法では特別扱いされることはないので、ここが試験に出されるポイントになります。(多分、引っ掛けで出題されるのは雇用保険法の方での問題かと思います。)

3)適用労働者

労災保険法の適用を受ける労働者のことを『適用労働者』といいます。前記の通り、『被保険者』とはいいません。『労働者』の範囲は、労働基準法の場合と同様ですから、個人事業主、法人の取締役はもちろん、同居の親族なども原則として労災保険法の適用を受けないことになります。反対に、『労働者』である以上は、アルバイト、パート、臨時雇い、日雇労働者、外国人労働者(不法就労者を含みます。)等であっても、『適用労働者』となります。
また、
1.午前中はA社で働き、午後はB社で働くなど、2以上の事業に使用される者は、それぞれの事業において、適用労働者となります。決して、『主たる収入を得る事業場』だけで適用労働者となるわけではありません。
2.派遣労働者については、派遣元事業場において、適用労働者となります。労働契約は派遣元と結んでいるからです。
3.船員法上の船員についても、労災保険法は適用されます。ただし、船員保険法による休業手当金などの上乗せ給付があります。船員保険法では、健康保険法が適用されず、独自の給付となるので、健康保険法と絡めて、引っ掛け問題が出題されるかもしれません。(全体的に、船員保険法による給付の方が、給付が手厚いイメージです。)
【国外で就労する労働者】
労災保険法は国外の事業には適用されないので、海外派遣者(国外の事業に使用される者)は、原則として適用労働者とはなりません。(前述の通り、『特別加入』できる場合があります。)一方、海外出張者(国内の事業に使用される者)は、適用労働者となります。
【在籍型出向の労働者】
在籍型出向の労働者の労災保険に係る保険関係が、出向元事業と出向先事業のいずれにあるかは、出向の目的及び出向元事業主と出向先事業主とが当該出向労働者の出向につき行った契約並びに出向先事業における出向労働者のの労働の実態等に基づき、当該労働者の労働関係の所在を判断して、決定されます。『在籍型』とはいえ、給料が派遣先事業主から支払われていたり、そもそも出向元に戻る可能性がない場合もあるからです。

③暫定任意適用事業

労災保険法は、原則として労働者を使用するすべての事業に適用されますが、一部の事業については、当分の間、労災保険の適用が任意とされており(これを『暫定任意適用事業』といいます。)、労災保険に加入するかどうかは、事業主又は労働者の過半数の意思に任されています。下記の要件を満たす『個人経営』(つまり、『法人』ではないということ。)の『農林水産の事業』が暫定任意適用事業となります。
【農業】
1.個人経営
2.常時使用労働者が5人未満、かつ、特定危険有害作業を行う事業ではない。
3.事業主が特別加入していない。(注:特別加入は使用している労働者も含めて包括的に加入しないといけないので、事業主が特別加入した段階で強制適用となります。)
【水産業】(船員を使用して行う船舶所有者の事業を除く。)
1.同
2.同
3.総トン数5トン未満の漁船又は河川、湖沼、特定水面(つまり、比較的穏やかな水面)で操業する漁船で操業
【林業】
1.同
2.常時労働者を使用せず、かつ、年間延労働者数が300人未満
つまり、林業の場合は、個人経営の事業であっても、常時1人でも労働者を使用していれば、強制適用事業となります。

以下、注記です。
【個人経営】
『都道府県、市町村その他これに準ずるものの事業及び法人である事業主の事業』以外の事業であること。
【労働者の過半数の同意】
労災保険の暫定任意適用事業の事業主は、その事業に使用される過半数が希望するときは、労災保険の申請をしなければなりません。
試験上の注意点として、雇用保険も同様に労働者の希望により加入申請しなければならないという規定がありますが、雇用保険は『2分の1以上』という点です。労働者が4人だったら、労災保険は3人以上、雇用保険は2人以上の希望という要件になります。労災保険の方が要件が高いのは、保険料が全額事業主負担だからです。(とはいえ、このポイントは、ほとんどの受験生が押さえてきているので、そこをあえて試験に出すとは思えませんが。。。)
【特定有害作業】
・毒劇薬、毒劇物又はこれらに準ずる毒劇性料品の取扱い
・危険又は有害なガスの取扱い
・重量物の取扱い等の重激な作業
・身体に著しい振動を与える作業
・強烈な騒音を発する場所や著しく暑熱又は寒冷な場所における作業
…など(H12労告120号別表第1)
【特定水面】
・陸奥湾
・富山湾
・若狭湾
・東京湾
・伊勢湾
・大阪湾
・有明海及び八代海
・大村湾
・鹿児島湾
(H12労告120号別表第2)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?