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黄金比率 #シロクマ文芸部

 
 りんご箱の隅っこで、そいつが丸くなっているのを見つけた朝。
 完全な世界の構図に引き寄せられるように、木箱ごと持って帰った。
 部屋の隅に置いて、一日中眺め続けた。手を触れることなんて許されない、完璧な空間がそこにあった。
 夜、郵便受けが音を立てて、三個のりんごを吐き出した。一番形が整っていて、赤が綺麗に映えるりんごを箱に入れて、バイトに出かけた。
 食べるだろうか?
 夜の間ずっと気になってしようがなくて寄り道もせずにまっすぐ帰った。
 そいつは変わらず丸くなって眠っていた。
 りんごはなくなっている。
 恍惚として箱の傍に座り込んだ。認めてもらえた、そんな安堵感でため息が出る。
 次の朝、二番目に美しいりんごを箱に入れて、三番目のやつにかぶりつく。シャクシャク、と歯の付け根から全身に染み渡っていく。

 順調に大きくなっている。
 郵便受けのりんごは、毎日一個ずつ数が増えていく。
 一番小さくて一番色の悪いやつは自分にいただく、シャクシャク。

 どんどん育つ。
 相変わらずりんご箱と黄金比率の、完璧な大きさのまま、丸くなって眠っている。
 りんご箱も大きくなって、今では部屋と同じくらいのサイズになった。

 りんご箱の中でそいつと一緒に寝てみたい。
 その世界の片隅に自分も置かれてみたい。
 冒瀆ぼうとくと言われようと、そこに、ありたい。
 シャクシャク。
 黄金比率を破るなどということは、
 完璧な世界を壊すなどということは、
 許されるはずがないと、わかっていて、それでもなお。

 バリボリバリバリ。


 朝、りんご箱の隅っこで、そいつは丸くなって、それは完璧な世界の構図。


<了>

 



 

 

 

お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。