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長夜の長兵衛 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)

明告鳥


 手拭いを桶に浸しては絞る。もう幾度となく繰り返しているのだが、熱うなった額が、すぐにぬくめてしまう。
 幼馴染の久兵衛の傍で、金兵衛は夜通し淡々と繰り返す。空が白みはじめた頃、やっとで息遣いが落ち着いてきた。
 すまんのう、金兵衛。お主にかような迷惑をかけようとは。
 なに、やもめ同士、お互いさまであることよ。
 半身を起こした久兵衛に、かしましを入れた湯呑みを渡してやる。

 冬というものは、からだの芯から力を奪っていくようなところがある。それならば己に鞭打って鍛錬せよ、ということかといえば、そうとも限らぬ。下手に振り絞れば、枯渇してしまうやもしれぬのでな。暖かくなったとき芽をだすものがなくなるような真似をしてはならぬのだ。
 無理がたたったのであろうよ。今は、蓄えどきだと思えばよい。こころ痛めることではないぞ。

 トウテンコー。甲高い鳴き声が冷えた空気の中を走っていく。
 卵を手に入れてさしあげようと長兵衛は歩き出した。 
 

<了>
 


pixabay by  mtajmr


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 トウテンコー?

   

 今回の、鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)で、第七十二候になります。
作者の気まぐれで、立冬からこのシリーズを開始しましたので、第五十五候からお読みいただいていた、というわけです。
 間も無く立春がきて、第一候に戻ります。

 春は、もうすぐ。

 

 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。