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緊急事態宣言で3月11日の『西遊記』を思い出した

 脚本家という仕事をしています。しかし何もしていない。
 現実がかくも厳しい状況にあって、創作を生業とする者として今こそ何かせねばという漠然とした使命感みたいなのを湧かせてはみるものの、何もできずに毎日10時過ぎまで、下手すると正午あたりまで眠っています。今日は燃えるごみの日だったので8時前には起床したけど、気づけばそれも昨日のこと。あっという間に0時を回る。ありがたいことに執筆の締め切りを抱えているのだけど、どうにも集中が続きません。目の前で起きていることに対して、動けていない。
 ミュージシャン芸人役者クリエイター映画監督詩人漫画家エトセトラ、呼び名は様々な誰かしらが何かしらの創作物を日々ネット上に贈り出し、受け取った人たちは親指やハートでいいねと返す。私は今のところ後者。パプリカのテレワークオーケストラに感動して、うちで踊ろうと歌う星野源を尊敬して、ミニシアターを救おうと立ち上がった映画業界の人たちを応援して、女優さんのインスタライブを覗き見て癒されている。それだけです。脚本家としては何もしていない。

 とにかく眠い。不安だと寝てしまいます。寝過ぎて、時間を無駄にした罪悪感と不甲斐なさが募り、そのストレスでまた眠くなるのです。プラごみは生ごみと違って臭くならないから朝布団から出られずに2、3週分溜めてしまったりして、それでまた罪悪感と不甲斐なさが積み上がったり。

 以前にも似たような気持ちになったことがありました。9年前、2011年の3月。今と違って自由に外出できたし近所によく行く飲み屋があったので気はまぎれたけど、独身で一人暮らしだった上に差し迫った仕事も無く、家に帰ると落ち込んだものです。何もしていない、と。
 あのとき、どうにかして自分を守るために書いた文章があったことを思い出しました。フェイスブックのノートに記した文章。以下、転載。

『脚本家という仕事をしています。』

11日の夜のこと。
電車も止まって、今日は会社に泊まることになりそうだ、
と思っていたところに運行再開の報道を聞き、家路に着きました。
しかし、乗り換えの駅で改札まで100mを超す長蛇の列に遭遇。
これはもう歩いたほうが早いだろうと思い、
そこから10㎞くらいの道のりを歩くことにして、その道中。
同じように歩いて家を目指す人がたくさんいて、
数メートル前には、たぶん30代後半から40代くらいの女性二人組。
パンプスで、きっと歩きづらそう。
でも、笑みを浮かべながら歩いていました。
ゴダイゴの「ガンダーラ」を歌いながら。

音楽の力は偉大だ。そう思いました。
こういう状況でも人を笑顔にできる。
べつに応援ソングなんかじゃなくたって、口ずさむだけで穏やかな気持ちになれる。
こんなとき、自分の仕事なんてクソの役にも立ちやしねぇ。
お店の人とか、消防とか警察とか、医療関係者とか、皆さんがんばっているのに。

で、ここからは目一杯プラスに考えた、自己擁護の、想像の話です。
あの状況でガンダーラを歌っていた二人のこと。
ひょっとして、苦行のような徒歩での帰宅の最中に、天竺へ向かう三蔵法師ご一行を連想したんじゃないか。
堺正章を、夏目雅子を、岸部シローを、西田敏行もしくは左とん平を、思い出していたんじゃないか。それで笑顔だったんじゃないか。
今の状況に何も関係なくたって、好きだったドラマを思い出すだけで楽しい気持ちになれる。
だとしたら、自分の仕事だって少しは役に立っているのではないか。
役に立っているといいなあ、と。これから役に立ちたいなあ、と。
今は直接貢献できていなくても、数週間後、数ヵ月後、数年後、出番が回ってくる。
そういう職業だと思って、今日も仕事をしようと思います。

 転載おわり。
 この約一年後、『もう一度君に、プロポーズ』という連ドラの脚本を担当しました。直接それを描いた物語ではないけれど、2011年3月11日からのことを思いながら書きました。今回のこともまたそういうチャンスが来るはずだと思って、明日も仕事をしようと思います。

 で、noteを始めてみました。思い出したことを書くnoteにします。

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