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「口吻を洩らす」の例文

知らない言葉や知っていても使ったことのない言葉に遭遇したときは忘れぬよう書き留めているのだけど、いっこうに身につかない。使わないから覚えないのだ。「口吻を洩らす(こうふんをもらす)」を使ってみる。

 口が小さいのでハンバーガーをハンバーガーとして食べられません。まず上のパンを、次にアボカドを、そしてチーズハンバーグを、トマトを、レタスを、最後に下のパンを、と順番に食べます。
 パンじゃなくてバンズだよ、という指摘はお門違いです。ハンバーガーとして食べないのだから、あれは私にとってバンズじゃなくてパン。
 
「カトラリーお持ちしましょうか」
 と店長がキッチンから声をかけてきました。既にメインのハンバーグ(これもパンと同様にパティとは呼ばない)を半分まで食べ進めているし今さら手の汚れを気にすることもないのだけど、せっかくの厚意なので気持ちよく受け取っておこうかな、などと考えて返答に一瞬の間が開いたところで店長は「ナイフとフォーク、使いますか」と言い直しました。申し訳なさを装ったなんか嫌な笑い方で。
 口吻を洩らしやがって。と思いました。「ハンバーガーを分解して食べるようなやつはカトラリーなんて言葉知らないか」「他のお客様が不快に思われるかもしれないので、というか俺の美意識が許さねえから変な食い方すんな」そんな声が言外に聞こえてきました。たぶん気のせいじゃない。

 結局、残りはカトラリーをもらって食べて食後にコーヒーも飲んで文庫本を開いたりして、たっぷりくつろいでからお会計へ向かうと、レジでは別の店員、たぶんアルバイトの人が対応してくれて、こんなことを言われました。
「文庫本はちょい残念でした。なんか、馴染もうとしてる感じが」
 自分としては当てつけの長居だったのだけど、その指摘も的外れではありません。何%か、カッコつけてたところもあったかも。みっともないことです。
 バイトはお釣りを渡しながら、「好きなように食べればいいんすよ」と言ってきました。若さがにじみ出た頼りがいのある笑い方で。

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