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この「ヒデミス!」がすごいーミニ読書感想『黒き荒野の果て』(S.A.コスビーさん)

2019年デビューのクライムノベルの新星、S.A.コスビーさんの『黒き荒野の果て』(加賀山卓朗さん訳、ハーパーブックス、2022年2月20日初版)が傑作でした。米国の貧困地帯を舞台に、カーアクションをふんだんに盛り込んだ犯罪小説。ハラハラしすぎて、読んでいる最中に「ここはハイウェイの上か?」と何度も錯覚した。

本書は、ゲームクリエイター小島秀夫さんが選ぶその年のミステリー小説ベストバイ「ヒデミス!2022」の選抜作品。小島さんは相当な本読みで、SNS上で次々と面白かった本を発信していらっしゃる。本書が圧倒的なインパクトを持っていただけに、「ヒデミス!」に選ばれた作品は問答無用で信頼しよう、そう思えました。


小島秀夫さんは著者『創作する遺伝子』(新潮文庫)で、自身のクリエイティビティを構成する大きな要素に小説を挙げている。また、中学生の時に亡くなった父親の影響の大きさも語っています。

それを踏まえると、本書『黒き荒野の果て』はヒデミス!らしい一冊と言えます。それは、主人公が父親の影を追いかけることが物語の軸になっているからです。

主人公ボーレガードは、米国南部で自動車整備工場を営む黒人男性。ライバル店に気圧され、生活が苦しくなってきた中で頼ったのは、自身のドライビングテクニックでした。彼は天才的な走り屋。リンゴ色の愛車「ダスター」と共に、一般道で行われる違法な賭けレースで一攫千金を狙います。

かつて彼は、犯罪の片棒をかつぐ「運び屋」をやっていた。実は、彼の父も走り屋で、運び屋をやっていたのでしたが、ある日失踪。父に憧れ、でも父のように家族を捨て去るようなまねはしたくないと、今は足を洗っている。

しかし賭けレースでトラブルが発生し、さらに思わぬ形で債務がのしかかり、主人公は首が回らなくなる。妻や子どもたちとの生活を守るため、彼は再びアンダーグラウンドな世界に踏み入れるが……というのが本書の筋書きになります。

物語の舞台はいわゆる「ラストベルト」とみられ、経済的荒廃が著しい。ドラッグ、警察の機能不全、マフィアの跋扈など、現実のアメリカを覆う深刻な社会問題が随所に描かれる。しかし、軸とするのは主人公と父親とのつながり。冷たさと温かさが絶妙にミックスされている。

ミクロに目を向けると、本書の魅力は「ワイズクラック」と呼ばれるクールなセリフです。日本語にすると「気の利いた会話」(本書解説より)。

たとえば、前妻との間に生まれ、向こうに引き取られた娘に会っても素直に「愛している」と言えない自分自身のもどかしさを表現したこのパンチライン。

言いわけはケツの穴に似ている。誰にでもあるが、みんなクソがついている。
『黒き荒野の果て』p91

端的で、ウィットはあるのに、金属的な冷たさがある。クール。こんなセリフにたくさん出会えます。

ヒデミス!2022の他の選出作は、早川書房さんのこちらのnoteがまとめてくれている。自分もさらに読み進めたいと思います。

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