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小さな歴史に耳を傾ける気持ちのいいノンフィクションーミニ読書感想「ドライブイン探訪」(橋本倫史さん)

ライター橋本倫史さんの「ドライブイン探訪」(ちくま文庫)を読んで胸が温かくなった。とても気持ちのいいノンフィクション。時代の変化とともに数が減りつつあるドライブインを訪れ、長年営む人々の声を拾う。何もしなければ埋もれてしまう「小さな歴史」に真摯に耳を傾けている。


本書の特徴は、ドライブイン経営者の声を真剣に聞いていることだ。なぜ始めて、どんな思い出があるか。どんな苦労があるか。手間をかけないノンフィクションならば、それを字にするだけでも成立する。しかし著者は、小学校文集などの郷土資料や、雑誌の過去記事など、経営者の声を裏付ける考証資料に確実に当たる。

すると、それぞれの話が立体的になる。語りが、時代の中に、歴史の中に確実に埋め込まれる。この手間ひまがあるからこそ、経営者の話は重みを持って読者に伝わってくる。

ドライブインとは、高速道路ではなく一般道に面し、車に乗り付けて食事などをとれるレストラン兼簡易宿のような施設。その成り立ちは、日本の車社会化と軌をいつにする。さらに、たとえば岩手のドライブインなら東日本大震災、茨城のドライブインなら水害、沖縄のドライブインなら米統治下の歴史が、それぞれ重なってくる。

ドライブインはまさに、日本史の象徴でもある。ドライブインを見ることで歴史が見える。

しかし著者は、ノスタルジーに溺れない。時代遅れともとれるドライブインが、なぜいまも残っているか、人を惹きつけるのかをこれまた真剣に考える。

その一つの答えとして、ドライブインは「古びていく」ことが挙げられる。コンビニは常に商品が替わり、常に最新である。対してドライブインは、微調整はされるものの、開店当初のスタイルやアジを守っている店が多い。

時代によってアップデートしないこと。それは、時の流れと共に常に歳を取り、「老いていく」人間の姿に重なる。だから哀愁を持ち、だけどなぜだか愛してしまうのだ。

経営者の語りを見比べると、生きていくためにドライブインという仕事にチャレンジした例が多い。食べるため、生きるため。その素朴な思いが、これまた気持ちいいし、なんだか力がわく。

本書は気をてらわない。無理に学びを引き出さない。言葉を記録する。思いを書き残す。それを大切にやりきった著者の姿に、本書のありように、明日を生きる希望をもらった。

つながる本

スズキナオさんの「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」(スタンドブックス)を思い出しました。何気ない日常を愛すること。ナオさんの文章を読んだときにも同じような温かさを感じた。

ドライブインは各地に根を張る仕事。伝統的な仕事に向き合う姿勢、その哲学を言葉にした本としては、ジェイムズ・リーバンクスさん「羊飼いの暮らし」(ハヤカワ文庫)が挙げられます。英国伝統の羊飼いの仕事を継いだ男性の1人語り。

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