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等身大の言葉こそ救いーミニ読書感想『大学教授、発達障害の子を育てる』(岡嶋裕史さん)

ネットワークやプログラミングの専門家(研究者)岡嶋裕史さんが、ASDの息子の子育て記をまとめた『大学教授、発達障害の子を育てる』(2021年2月28日初版、光文社新書)が面白かったです。大学教授と銘打っていますが、だからといって特別ではない。悩み戸惑う等身大の言葉。暗夜航路を行く言葉。でも、研究者だけに物事を調べながら、コツコツと進む日々。胸に染み入ります。

たとえばこんな文章。

 ご両親の主たる興味の一つに、「うちの子は、どのくらいまで発達できるのか」があると思う。それはめちゃくちゃ気になる。今、定型発達の子から2年分遅れているとして、大人になったとき2年遅れならそれはほとんどふつうではないかとか、このまま言葉が出なかったらどこで働けるんだろうかとか。

『大学教授、発達障害の子を育てる』p38

めちゃくちゃ分かります。そうなんです、悩みます。しかも著者は、「悩みますよね」という以上の速さや角度でボールを投げない。「そんな時はこれ!」と処方箋を示すわけではない。それが心地よいのです。

発達障害、またはその疑いに目を向けた時、十中八九言われるのが「様子を見ましょう」とか「大丈夫」という言葉。あるいは、こうしたらいいという助言。でも本当は、疑う親自身が本当に欲しいのは、この問い、この疑念に付き合ってくれることだったりします。

その上で、著者はこんな語りを続ける。大学教授ならではの、冷静な分析です。

 定型発達した子の大学教育でもそうだが、能力獲得にはプラトー(高原状態)がある。ぼんっ、と能力が伸びたかと思えば、そこで何年も足踏みしたりする。まうダメかと思うと、また急速に能力が伸長する。未就学時代に「ほとんど定型発達では?」と思っていた子が、長じてみるとあまり能力が伸びなかったり、逆に未就学時代に心配されていた子が普通中学に行ったりした例も見てきた。

『大学教授、発達障害の子を育てる』p38

著者は、当事者でありながら、妙なくらい「引いている」面もある。それが面白い。ここでは、発達障害はその子によって成長幅が異なり、未来予測は困難だという話をしていますが、「それって大学教育で見るプラトーと似てるなー」と冷静に重ね合わせている。ウェットにすぎない。

実は著者自身も「その気があった」(p6)というように、ASD的(自閉的)な特性がいくつもあるそう。それが文章に独特のリズムを生んでいます。

発達障害の子育てって、どんな風だろう。それが知れると同時に、いい意味でちょっとズレた感覚を味わえる。親として、肩の力が抜ける。読めてよかったなと思います。

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