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水面下を育てるー読書感想「英語独習法」(今井むつみさん)

本書にはあらゆる学びにつながる本質が書かれていました。今井むつみさん「英語独習法」。聞くだけとか、大量に英語に触れるとか、巷に溢れる英語学習テクニックで「結局は英語が身につかないのはなぜか?」を認知心理学から明らかにする。では、言葉を身につけるためにはなにが必要か。それが知識の水面下に広がる「スキーマ」。読み進めるたびになるほど!とうなりました。(岩波新書、2020年12月18日初版)


スキーマとは氷山である

スキーマとは何か。今井さんは氷山に例える。

 大切なことなので繰り返すが、「使えることばの知識」、つまりことばについてのスキーマは、氷山の水面下にある、非常に複雑で豊かな知識のシステムである。スキーマは、ほとんど言語化できず、無意識にアクセスされる。可算・不可算文法の意味もスキーマの一つなのである。(p27-28)

ことばの「知識」の下で広大に広がる「システム」。つまり目に見える氷山の一角ではなく、海中に沈んでいる大きな氷海がスキーマである。

言及されているように、英語の可算・不可算がその一例。ネイティブはlionが可算名詞で、wildlifeが不可算名詞だと「暗記」しているわけではない。そうではなくて、彼らが持っているスキーマによって、それぞれの単語が持つ概念によって冠詞をどう選ぶべきか「認識」できるのだ。

スキーマという概念を知ると語学学習の世界が急にクリアに見える。この言葉の意味を聞いて「なんとなく分かる」という人は多いのではないだろうか。よく日本語で「自然・不自然」と感じることがあるが、まさにそれだろう。「文脈」という言い方でもいいかもしれない。

スキーマが語学習得の根幹だからこそ、「聞くだけ」の学習、「とにかく大量に読んでみる」学習は効果を上げにくい。それは「海上」に大量に言葉を投入しているだけで、根本的なシステム構築になっていないからだ。


探しに行くから見つかる

はスキーマはどうすれば身につくのか。今井さんは多読や多聴ではなく「熟読・熟見」をおすすめしている。ここで紹介される「映画熟見法」では、今井さんが007シリーズの一つにはまってセリフの一つ一つを吟味するまでに至る過程が熱っぽく語られ、最高に面白い。

が、ひとまずここでは、熟読・熟見の本質である「意識的に向き合うこと」をまとめたい。

実は英語のスキーマを学ぶにあたり、わたしたちには大きな壁が立ちはだかる。それは日本語のスキーマ。英語のスキーマ以前に日本語のスキーマがインストールされていることで、「英語を日本語スキーマで考える」になりがちだ。

この壁を乗り越えるために、今井さんは「意識的」の重要さを説く。

 では、英語としては誤ったスキーマ(日本語に基づいたスキーマ)を修正するにはどうしたらよいか。スキーマの修正は、現在のスキーマを疑うことから始まる。長年染みついて身体の一部となったスキーマを書き換えるには、自分のスキーマが誤っているという事実を突きつけられ、それに納得することがもっとも有効である。仮説をもち、予測をして、それが裏切られたとき、人はもっともよく学ぶのである。(p77)

仮説をもち、予測をして、裏切られる。その中に学びがある。これは英語に限らない、普遍的な方法論ではないかと感じた。

熟読熟見のポイントもまさに「仮説・予測・発見」だ。「この単語はなぜこう使うのか」「こういう文章で出てきたら、こういう意味じゃないか」。そうやって吟味する中で、語が持っているスキーマに触れられる。それが自分のスキーマとして根を伸ばしていく。

インプットはよくアウトプットと対比される。時には「アウトプットなきインプットは意味がない」とさえ言われる。けど実際は、「なんの意識もないインプットなのか、意識的なインプットなのか」が大事なんだ。今井さんの話を読み進めると、そのことが見えてくる。

探し物は探しに行くから見つかる。やってくるのを待っていても降ってはこないからこそ、探し物なのだ。だから学ぶための最初の一歩は、学びたいものを学ぶと決意し、意思を持って学習に臨むことなんだろう。

次におすすめする本は

故・瀧本哲史さんの「2020年6月30日にまたここで会おう」(星海社新書)です。学ぶ気持ちをかきたててくれる一冊といえばこれだなと浮かびました。「伝説の講義」と呼ばれた瀧本さんの東大での授業を収録。瀧本さんが語る「なぜ教えるのか」は、わたしたちの「なぜ学ぶのか」に火をくべてくれます。


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