見出し画像

来年の縄文ポップアート展と「わざわざ」のお話

来年ですが5〜6月に仙台市内のギャラリースペースで個展、7〜8月に登米のCAFE GATIで個展(2回目)を予定しています。

来年のイメージ写真

GATIでは縄文文様を壁紙にプリントして貼りたい!のですが最大の問題は壁紙のプリントと壁紙を貼る職人さんのコスト(撤去も含め)なんとかクリアする方法を考えたいですね…

他に子どもたちに縄文土器・土偶の絵を自由に描いてもらうワークショップ的イベントもやりたいし。下宿先探して週4〜5日は登米にいて在廊するとか(半分冗談・半分本気)

なぜ仙台ではなく登米なのか?

なぜ仙台から交通の便が悪い登米のCAFE GATIで個展をやるのか?
それは「わざわざ行く場所」が良いと思っているからです(もちろんその場所に魅力があることが絶対条件)スマホがあれば世界中の情報にアクセスできて、ネット通販で物を買えば数日で届く。コンビニでは様々な支払いが24時間できる。車もカーナビのおかげで事前に地図を調べる必要もなく、テレビもDVDも見れるし、ほとんどがAT車なので運転もMT車に比べれば楽々。

十数年前とは比べられないほど簡単・便利な世の中になった。それに伴いイライラする人、待てない人、過剰サービスを強要する人、公共交通機関でもパーソナル・ゾーンを求める人などが多くなった。便利になればなるほど「もっともっと」を求める。コンビニやファミレス、安い居酒屋ほど「もっともっと」を求める人に会う確率が高くなったと感じています。その点「わざわざ行く場所」には「もっともっと」を求める人が来る確率がグッと減ります(総数が少ないから当たり前だろという意見もありますが)

「わざわざCAFE GATI」に来て欲しいと願う理由は
・街中より時間の流れがゆっくりと感じられる。
・素敵な景色を見ながら美味しい食事をゆっくり楽しむことができる。
・テラスに出て景色を眺めながらコーヒーを飲む贅沢さを味わえる。
(もちろんスタッフも魅力的な人たちです)以上で、仙台市中心部のカフェでは絶対に感じられないことです

「わざわざ行くべき場所にはわざわざ行く魅力があるのです」

「効率化が進んで行くからこそ、対極のわざわざを大切にしたいのです」

IT化により効率化が求められ、必要な無駄も含め無駄はどんどん切り捨てていく世の中。僕らの意思とは関係なくどんどんスピードが上げられていきます。しかもAIが発展すれば人も無駄になります。数年後には無人コンビニ・ファミレス・居酒屋(スタッフが直接お客さんと会わない)が当たり前になるかもしれません。アートも音楽もAIに駆逐されるかもしれません?旅行もゴーグルかけてメタバースになるかもしれません?

そんな世の中になったら人間はどうするのでしょう?

それを全て受け入れられるのでしょうか?

僕には答えはわかりません。

でも、そうなっても僕は「わざわざ」人と会いに「わざわざ」出かけることでしょう。「わざわざ」ポスカやペンで紙・キャンバスに絵を描いているでしょう。「わざわざ」バンドを続けているでしょう。

だってこの夏から秋にかけて「わざわざ」ライブを見にきてくれた人たち
「わざわざ」自転車で20分かけて行くSatomi Kilnでの大切な時間
「わざわざ」バスと徒歩で泉ヶ岳まで見にいった個展
「わざわざ」バスで福島まで行った個展などなど
「わざわざ」こそが僕にエナジーをたくさんくれました。

この先縄文ポップアートを求める人が居る、居ないではなく、縄文ポップアートを描くことが僕にとって生きることなのです。

ちなみにAIアートも音楽も否定はしません。だってもう止められないし受け入れるしかないことですから。ただ今のところどちらも全く興味がありません。

【お願い】
今年中にフォロワー100人を目指しています。内容が気に入った方はフォローをお願いします!

WEBショップでアートがご購入できます

縄文ポップアートをWEBでご購入できるようにしました。作品は随時追加していきますので、覗きにきてください。質問などございましたらコメントなどでご遠慮なくお問い合わせください。

よろしければサポートをお願いします!画材や創作活動、個展などの活動資金にさせていただきます。僕を応援してください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?