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創作小説 AI診断運命の人

「洋二くんと私の相性は抜群だね。運命の人って本当にいるんだね」 

 五年ぶりにできた彼女である美和子はそう言って上目遣いで俺を見る。うるっとした瞳で見つめられると胸が高鳴る。頬が緩まないよう感情を押し殺し、目の前のアイスコーヒーを口にする。

 俺と美和子の出会いは、マッチングアプリだ。二十八歳の誕生日、出会いのない毎日に焦った俺は、高い登録料を払って「AI診断 運命の人」というアプリをダウンロードした。好みや性格、家族構成などの質問事項に答えると婚活市場で蓄積された膨大なデータを元に、自分にぴったりの相手をAIが診断してくれるというものだ。

「そういえば、美和子はどうしてあのアプリを登録したの?美和子ならアプリなんて必要ないと思うけど」 

 ずっと気になっていたことを自然な流れで切り出すことが出来た。二十四歳になる美和子は、ボブヘアが似合う愛らしい見た目をしており、よく笑う明るい子だ。彼女は少し困った表情を浮かべ、俺の問いに答える。

「これまで良い恋愛してこなくて、自分の男性を見る目に自信がなかったんだよね」

「だからAIに頼ろうと思ったってこと?」

「初めは半信半疑だったけど、洋二くんに出会って、AIの凄さを確信したよ」 

 美和子は興奮した様子で、俺との相性がいかに良いかを熱弁し始める。初めて会った時に俺が勧めたパエリアが信じられないくらい美味しかったとか、特にお気に入りのブラウスを俺が褒めたとか、二人とも両親と仲が良いとか、俺が好きなバンドを美和子も知っていたこととか、共通点が二人には沢山ある。

 カフェから外に出ると小雨が降ってきた。美和子がさっと折りたたみ傘を出す。

「助かるよ。最近、雨が降る度にビニール傘を買っている気がするから」

「これもAIが分析してたのかな?洋二くんが忘れた時は私の出番。お互いの苦手を補えるようになっているのかも」

「それはすごい。そういえば美和子が運転苦手だから、俺は運転好きなのかも」

「私は洋食作るのが苦手で、和食は得意。洋二くんは逆なんだよね?」

 付き合って一ヶ月、相手のことを知れば知るほど、お互いが運命の人だという根拠が増えていく。小さな傘に収まるように身体を寄せ合って、駅までの道を歩く。駅に辿り着いた時、向かいのビルの大型ビジョンに流れるニュースが目に飛び込んできた。《社会現象になったマッチングアプリ「AI診断 運命の人」誤った分析が行われていたと謝罪》俺と美和子は言葉を失い、スマホでそれぞれニュースを調べる。特定の期間、診断が正しく行われず、適当な組み合わせで相手が表示されたとのことだった。そして、最悪なことにその期間は、俺と美和子がマッチングした日を含んでいた。運命の相手だと浮かれていた自分が途端に恥ずかしくなり、今までの美和子との会話が鮮明に思い出された。AIが分析したと聞いて、信じ切ってしまった自分の愚かさを痛感した。美和子の方を見ると彼女も動揺しているようだった。

「洋二くん」

美和子が俺を呼ぶ。

「今から思うと私たち特別な共通点なんてなかったのかも。誰だって美味しいと感じるご飯を紹介されて、何となく褒めた服が私の好きなもので、よくあることを勝手に運命に結び付けていたのかも。恥ずかしいね。でも、そうやって運命って浮かれたくらい、私は洋二くんのこと好きだよ。偶然の出会いだったかもしれないけど、それこれ運命じゃない?」 

 美和子の上目遣いがさっきよりずっと愛おしく感じる。誰に言われたわけでもなく彼女を魅力的に感じる。その気持ちは本心で、何かに影響されたものではない。偶然が運命へと変わっていく。

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