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第八液

この子はどんな夢をみるのだろう

ベッドの隣に座り、寝顔を眺めていると、気配に気がついたのか起きてしまった

突如、カラダを硬直させる

何事か?と思ったが、どうやら撫でようと頭に触れたことが原因のようだ

無意識で頭を撫でようとしてしまっていた

「イタい?」

「イタい」

「どこがイタい?」

「いろんなとこ」

「お水、飲む?ジュースがいいかな?」

「いらない」

「なにかしたいことある?トイレとか、お腹すい……」

「ここにいても、いい?」

「・・・」

〈 お前が一生、面倒をみれるのか? 〉

上司からの言葉がよぎる

いつまで経っても慣れない私を心配しての言葉だ

財力があれば解決する問題でもないという

昔は、子供を捨てたり売ったり、折檻と言って手をあげるのも当たり前だった

いまが恵まれているから、問題として浮き彫りになっているだけで

地球のどこかでは、機関銃を持って戦っている子供たちだっている

いくら言われても、慣れないものは慣れない

母を早くに亡くしたとはいえ、祖母の溢れる愛情に包まれて育った

この仕事は向いていないのかもしれない

「私ね、マシュマロを食べれば元気になれるの、食べる?」

「マシュマロってなに?」

袋ごと渡すと、おそるおそる、ひとつ、手にとって口に入れた

「ふわふわぁ、あまーい」

こちらを見つめたまましばらく動かない

あゝ……

「全部たべていいよ」

うれしそうな顔

袋の中に手を入れようとしたのだが、また止まってしまった

「またいつもの、するの?」

「いつもの?」

突然、カラダが宙を舞い、壁まで飛んだ

男……?

父親……?

突き飛ばされたのか
投げ飛ばされたのか
殴り飛ばされたのか

いずれにしても壁に叩きつけられた

後頭部でも打ったのか、視点がおぼつかす、起き上がろうとしても、うまく動けない

なんとか顔を上げ、もう一度ベッドをみる

父親が馬乗りになっている

隣で母親が笑っていた

幼い腕がみえた

声なき声をあげ、必死に手を振っている

いつの間に……

ここはわからないはずなのにどうして

「おねぇちゃん、タスケテ」

すぐ耳元で声……耳元?

慌てて声がした方に顔を向け……

ガタっ!

ここで目が覚めた

今日はコタツは燃えていない

が、倒れたペットボトルの水で、びしょ濡れだ。吸い込み切れずマットにまで流れている。水でよかった

いつのまにか日が暮れて真っ暗になった部屋の中で、ノートパソコンの画面だけが青白く光っている

マウスに触れると待機画面が消え、開かれたままだったファイルが現れた

文字で埋め尽くされた報告書なのに、なせだか3つの単語だけが浮かび上がってみえる

夏美、
5歳、
溺死

自分を責めていても、しょうがないことはわかっている

しょうがない
しょうがない
しょうがない

マシュマロをひとつ
口に入れた

「よしっ!」

次はジンジャー味を買っておこうかな……

いや、そんなもの必要ない

次は助けるのだから

そう誓いつつ、梅子はノートパソコンを閉じた


今液はこれにて


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