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【創作怪談】トイレの花子っくりさん

 バカな思いつきを実行に移す人というのは、いつの世にもいる。 
 Nさんはそんなバカな女子のひとりであった。昭和の時代、小学5年の頃の体験だそうだ。

 放課後、当時流行っていたオカルト本を友達3人で回し読みしていた時、Nさんはすごいことを思いついた。
「ねぇねぇ……『こっくりさん』を、『花子さん』を呼び出しながらやったら、どうなるかな?」 


 こっくりさんとはご存じの通り、大きな紙に平仮名の五十音、「はい」と「いいえ」、それに鳥居のマークを書いて、そこに置いた十円玉に人差し指を乗せて「こっくりさん」と呼ばれる霊を降ろして質問するアレである。当時の少年少女たちはみんなハマっており、Nさんたちも同様だった。

 花子さんは言うまでもなく、学校のどこかのトイレの個室をノックして「はーなこさん」と呼ぶと、「ハーァーイー……」と返事をしたり、襲ってきたりするアレである。Nさんの学校にもそのウワサはあった。3階の女子トイレ、一番奥の個室に出るらしい。 


 両者ともに、Nさんたちが読んでいた怖い本に載っていて、しかもページが近かった。それでこんなアイデアが降臨したのだった。

 Nさんは思いつきを口にしただけだった。まだ引き返せた。
 ところが、当時の悪友たちが悪ノリした。
「うぉーっ、怖いねそれ!」
「やってみようか?」
「やろうやろう!」
 残念なことに、誰も止める者がいなかった。そして、Nさんもやる気になってしまった。
「よし、やろう!」


 5年生の教室は当の3階だった。花子さんの出るトイレはすぐ近くである。
 4人の女子軍団はこっくりさん用の紙、十円玉を携えて、夕方4時のトイレに意気揚々と向かった。

 今このフロアには誰もいない。しかし5時を回ると、部活を終えた生徒たちがゾロゾロ戻ってくる。急ぐ必要があった。
 トイレの電気をつけてから、最寄りの教室に入り机をひとつ、勝手に借りる。
 トイレの一番奥まで机を運び込んだ。さすがに狭くて、椅子までは並べられない。立ったままで「こっくりさん」をすることにした。


 ……こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら、「はい」に、お進みください……


 場所がいいおかげなのだろうか。指を乗せた十円玉はいともあっさりと、「はい」の上へと移動した。

 うぉー、すごいね。こっくりさんすぐ来たね……
 よし、じゃあ、こっちも呼ぼうか……


 Nさんは右手の指はそのままに、体をねじった。
 左手で、一番奥のトイレのドアを3回、ノックした。


「はーなこさぁーん…………」


 そう呼びかけた。


 その途端。
 人差し指を置いていた十円玉が、いきなり動きだした。

「えっ、なに?」
「冗談やめてよ!」
「動かさないでよ!」
「動かしてないよ!?」

 4人は恐怖しながらも、どんなメッセージが示されるのかと指先の十円玉を見守った。
 しかし十円玉は、五十音の方へは進まなかった。「いいえ」にも、鳥居のマークにも進まなかった。
 十円玉は「はい」の真上で、左右に細かくグリグリと動き続けた。
 硬貨が紙にこすれて、摩擦で発火しそうな勢いだ。

 えっ、こっくりさん怒ってるの? 花子さん? どうなってるのこれ!? どうしたらいい!? 知らないよ!! バカ!!
 パニックになり、今にも口論がはじまりそうになったその時、ピタリと指が止まった。

 それからおもむろに、ゆっくりと、十円玉は鳥居の上へと移動した。
 彼女たちは十円玉があった場所を見て、声を失った。

「はい」と書かれた文字の真ん中が、硬貨でこすれて、まっすぐ黒く汚れていた。
 すなわち、



「は ー い」



 になっていた。


 …………………………。


 Nさんたちは、小学5年生が知っているあらゆる言葉を総動員して、こっくりさんと花子さんに謝罪した。 
 きっちり1時間後、十円玉は「はい」ならぬ「はーい」へと移動して、Nさんたちは開放されたという。
 教室に机を戻そうとしたら、スポーツ部の生徒と遭遇した。「あんたたち、何やってんの?」と聞かれたが、「いやぁちょっと……ヒヒヒ……」とはぐらかすことしかできなかったそうだ。



 世の中には、思いつきでやっていいことと悪いことがある。
 そういう貴重な学びのある怖い話である。



【おしまい】


★本記事は、実話怪談風の創作怪談です。ツイキャス「禍話」オリジナル百物語「百談」とは一切関係ありません★
★よく似た話をあなたが見聞きしたり、あるいは体験していたとしても、それは全くの偶然の一致であるとお断りしておきます★

★★本記事はカクヨムで開催された、「第一回 川辺の創作怪談会」応募作を、一部改訂したものです★★


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