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違う違う、ジャワじゃない

私はカレーが大好きです。

日本の国民食である、いわゆるカレーライスも、ふんだんにスパイスを使った本格的なインドカレーも、北海道発祥のスープカレーも大好きです。なんならカレーうどんも大好きですし、カップ麺を食べるならカレーヌードルです。

そんなカレー好きの私は子供の頃、母が作ってくれるカレーが大好きでした。

材料は玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、鶏肉と至ってシンプルなカレーで、奥が深くてまろやかな味わいだったのを覚えています。

私はもともと好き嫌いが多くて少食な子供だったのですが、カレーのときだけは何回もおかわりをしてバクバクと食べていました。

またカレーを煮込む匂いというのは、なぜかお腹を空かせるようで、夕方に台所からカレーの匂いが漂ってくるだけでお腹がグーっと鳴ったのもです。そしてまだかまだかと夕食の時間を待ち侘びていた記憶があります。

今でもどこかの家でカレーを作っている匂いが漂ってくると、いつもその時の記憶が思い出されます。そして、なんだかお腹まで空いてきてしまうから不思議です。きっと体が覚えているのでしょう。

それから20年余りの月日が経った頃、私は料理人になり親元を離れて暮らすようになりました。

そして自分でカレーを作ったりするようになるわけですが、頭の中にはいつも母が作ってくたカレーの味がありました。
その味を再現できないものかといろいろ試してみるのですが、どうも思った通りのカレーの味にはなってくれません。

自分は料理人として日々料理の勉強をしているのに、主婦である母が作ったカレーの味さえ再現することができないのかと、気を落とすこともしばしばありました。

恐るべきおふくろの味です。

もしかしたら私の母しか知らない、何か秘密の隠し味や裏技があるのかもしれない。そう思った私は、本気で一度だけ電話して聞いてみようかとも思ったのですが、なんだか悔しいような、照れくさいようなで結局やめてしまいました。


ある日私はカレーを作ろうと思い、材料を買いに近所のスーパーに行ったのですが、その日はいつも使っているジャワカレーの中辛が売り切れていました。

なぜいつもジャワカレーを使っていたかというと、私がまだ料理人になりたてのころ先輩に、「カレーは辛くなきゃカレーじゃない、男は黙ってジャワカレーだろ!」と言われたことが頭に残っていたからです。

でも無いものはしょうがないので、私はパッケージをろくに見もしないで適当に手前にあったカレールーを買って帰りました。

そして家に戻り早速カレーを作り始めます。

野菜と肉をジュージューと炒め、水を入れてしばらく煮込んでいきます。この時点ですでに家の中にはカレーを作ってる時の匂いが漂い始めます。

子供の頃、「あっ、もしかして今日はカレーかも」と胸に期待を抱きながら嗅いでいたあの匂いです。

しばらく煮込んだら、一度火を止めてカレーのルーを投入し、再び弱火で煮込んでいきます。

ここまでくるともう家の中は完全にカレーの匂いに支配され、体は勝手にカレーを欲し始めます。まだかまだか、早く出来上がらないかと、煮込んでいる時間がじれったく感じてきますが、焦らずにさらにじっくり煮込んでいきます。

そして15分ほど経った頃でしょうか、そろそろかなと思い一口味見をしたところで、私は雷に打たれたかのごとく身体中に電流が走るのを感じました。

なんと、おふくろの味がするではありませんか。

いつもと同じように作ったはずなのに、どうして急に母が作ったカレーの味になったのかと、私は軽いパニック状態に陥っていましたが、ジャワカレーが売り切れていたことを思い出し徐々に落ち着きを取り戻していきました。

私は恐る恐るゴミ箱からパッケージを広いあげました。するとそこには「バーモントカレー甘口」の文字が。

そうです、私が長年追い求めてきたおふくろの味は、なんのこっちゃない甘口のバーモントカレーの味だったのです。

大の大人が、ましてや料理人が追い続けていた味が、甘口のバーモントカレーだったなんて。先輩に言われるがままジャワカレーを使い続けてきた自分が、なんだか恥ずかしくてやりきれない気持ちになってしまいました。


ちなみに5歳になる私の娘も大変偏食で少食なのですが、バーモントカレーの甘口が大好きなようで、「おいしい、おいしい」と言いながらいつもバクバク食べています。

どうやら血は争えないようですね。


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