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千人伝(二百六人目~二百十人目)

二百六人目 電撃隊

でんげきたい、は宇宙を守る電撃隊の一員であったが、電撃隊の解散後、各メンバーが素性を隠して一般の生活に戻っても、一人電撃隊を名乗り続けた。電撃隊の手からは電撃を帯びたビームが出た。しかし全ての敵と和解して平和をもたらした後では、ビームは無用の長物であった。しかし彼はいつまでも過去の栄光と活躍が忘れられず、家事にビームを有効利用しようとして何度もボヤを出して、住んでいたアパートを追い出された。

他の電撃隊のメンバーの家を電撃隊は泊まり歩こうとした。しかしかつてのリーダーは刑務所に入っていた。一人は普通の家庭を作っているように見えながら、夜な夜な繁華街をうろついては、倒せる「悪」を探していた。ある一人は山にこもり、かつての敵であった宇宙人たちと共同生活を送っていた。そのどれもに電撃隊は馴染むことが出来ず、老いるとともに、ビームの出力も弱っていった。遥か遠くの宇宙の彼方へと永遠の旅路に出ようと決意した頃には、そんな体力はもう残っていなかった。それでも彼は旅立ってしまった。その後の消息は誰も知らない。

二百七人目 エクアドル

エクアドルは南米の一国である。正式名称はエクアドル共和国という。ガラパゴス諸島を領有し、宗教はカトリックが90%、公用語はスペイン語である。エクアドルが国を捨て人となった際にペルー、コロンビアも続いた。国を捨てた理由としては様々な憶測が語られたが、事実は単純に「国であることに飽きた」からだそうだ。

エクアドルは元々国であっただけに大変大柄であり、海を泳ぐと大波が発生してしまうので、海岸線のある国には入国を禁止されてしまった。内陸にある国だけを回っての世界一周の旅を試みたがすぐに諦めてしまった。有名人になってしまったために自由な恋愛や法律を逸脱した行為もはばかられ、国であった時に夢見た自由な生活は夢のままに終わってしまった。人として長い天寿を全うした後に、遺骸は元の国土へと返還され、再び大地となり国となった。長い間眠りについていたエクアドル国民たちは、誰一人失われていなかった。

二百八人目 ファミマ

ファミマ、はファミマに囲まれた家に生まれた。一番家に近いコンビニがファミマであった。最寄りの駅前にあるコンビニもファミマであった。駅の反対側にもファミマが建っていた。別の沿線の駅に向かう途中にもファミマがあり、その駅の前にもやはりファミマがあるのだった。

ファミマは小学校に上がるまで、ファミマ以外のコンビニがあることを知らずに育った。反抗期になるとわざわざ遠くのセブンイレブンへと通った。反抗期が収まる頃にはそのセブンイレブンすらファミマに変わってしまっていた。

そもそもそんなにファミマが集まっていたら、競合して潰れていくばかりではないか、と思う人も多かったが、むしろファミマ以外のコンビニが潰れていった。ファミマは両親に名前の由来を尋ねると「二人ともファミコンマニアだったからだ」と意外な答えが返ってきた。ともあれファミリーであることに変わりはなく、その後も周辺にファミマは増え続けた。

二百九人目 あがき

あがきには夢があったが全て叶わなかった。周囲から見れば、あがきには実力が足りておらず、努力が少なすぎ、また運からも見放されているのは明白であった。そもそもあがく方法を間違えて、あがくことそのものを目的としまっているように見えた。

他の人なら数年あがいて諦めることを、あがきは数十年続けた。わずかばかりに形を成したことも、真っ当な努力をしている後塵にかき消された。死ぬまであがきはあがき続けた。そんな彼の人生こそが彼にとっての作品である、と言おうとした者もいた。しかし詳細にあがきの残した足跡を追っている内に、過大評価だったことに気が付いてしまうのだった。

あがきは人より長く生きた。最期の時まであがき続けた。孤独で、惨めで、虚しさでいっぱいの人生であった。しかしあがきの視線は、死してなお未来を見つめ続けていたため、誰の手でも閉じることが出来なかった。指は何かを掴む形で固まっていた。

二百十人目 リンダ

リンダは双子の姉である。妹の名前もリンダという。リンダとリンダを両親は「リンダ、リンダ」と呼んだ。リンダとリンダは一斉に振り向いた。その様子が可愛くて周囲の者は笑うのだが、何を笑うのだ、とリンダとリンダはよく怒っていた。

リンダの妹のリンダは幼い内に病気で亡くなってしまったので、リンダは一人になった。それでも呼びかけられる言葉は「リンダ、リンダ」のままであった。そう呼ばれてもリンダは怒ることはなくなっていた。まだ自分の横に妹のリンダがいるような気になるからだった。

リンダ、と時々、自分の横にいないリンダに向かって、リンダは呼びかけた。答えは返ってこないし、もう一人のリンダが幽霊や幻影の姿で現れることもなかった。鏡の中のリンダは、生きていた頃の妹のリンダとはだんだんかけ離れていった。両親もいつからかリンダのことは一度しか呼ばなくなった。

妹と同じ病気を発症したのはリンダが中年になってからのことだった。本当ならばもっと若くに亡くなってもおかしくなかった、とその時リンダは初めて知った。幼くして亡くなった妹のリンダのことを知っている者は、その頃の彼女の周囲にはいなくなっていた。彼女が死の床で繰り返す「リンダ、リンダ」という呼びかけは、自分の名前のことだと勘違いされてしまった。両親もずっと早くに亡くなってしまっていた。リンダはようやく妹と会えると思いながら亡くなったが、死後の世界などなかった。リンダとリンダの物語はその後歌となった。


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