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「C.M.C」#逆噴射小説大賞2023

 もうすぐ頭上に爆撃機が飛来することを知らずに俺たちは他愛もない会話を続けている。得物の手入れをしながら、標的の外見の特徴を確認し合ったりした後に。

「人を殺すって犯罪だよな」とガダが言う。
「当たり前だ」と俺は答える。
「殺人教唆っていうのか、『あいつを殺せ』って命令するのも犯罪だよな」
「今さら何を言ってるんだ。俺たちがやってることも、俺たちに命令をしている奴らも、犯罪者だ」

 雲ひとつない空がもうすぐ爆撃機の群れで埋まることを俺たちはまだ知らない。

「戦争って人が死ぬよな」ガダが続ける。
「『戦争を始める』って決断は『人を殺します』って言ってるのと同じだよな」
「何が言いたい」
「軍人に向かって『どこそこの戦場でこうやって戦いなさい』ってのは殺人教唆だよな」
「その結果、大量に人が死ぬこともあるだろうな」
「大量殺人に対する刑罰って、極刑だよな」
「死刑か、無期懲役か、そんなところだ」
「ならば『戦争を始める』って決断をした、首相なり大統領なりは、その瞬間にその国の法律に則って逮捕されるなり、即座に刑を執行されるなりするべきなんじゃないか」

 ガダの極論にうまく答えることが出来ないまま、俺は手足の動きを確認している。震えてはいない。先月の仕事の際に捻った左足首ももう治っている。爆撃機が落とすガス爆弾で砂浜が燃え上がることを、俺たちはまだ知らない。

「『有事の際はその限りではない』みたいな文面が法律のどこかに紛れ込んでるんじゃないか? 『例外的に殺しても処罰されません』てことだ」
「俺たちがヘマをすれば捕まるし、標的に殺されることもあるってのにか」
「俺たちは偉くもないし、首相でも大統領でも組織のボスでもない」

 標的の姿を目の隅で捉えて俺たちは押し黙る。地響きのような音が空の彼方から聞こえてくる。標的は俺たちの手で無事始末できるが、その死体もガダも爆撃により木っ端微塵になることを、俺たちはまだ知らない。

【続く】


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