蝟集一同-それぞれが抱える形-:二章
※ 「いしゅういちどう」と読みます。
全三部作。
過去に投稿サイトへ掲載した作品を再掲載しております。
なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
ここは何処だ?
いつも見えている自分の視点。
けど何かが違う。
手で空を切るも何処かでそんな自分を俯瞰している。
よく分からない感覚だ。少なくとも現実感はない。
「野邉君。こっちにおいで。」
あれ?この声は…なぜ俺の名前を?しかも君って事は……バレてる?
「何をしているの?私が呼んでいるのよ?」
ごめん。
俺、女だから無理かもって。
「私への好意はその程度なのね。いいわ。おいで…来ないと…」
来ないと?
「来ないと…」
来ないと???
彼女は口を動かしている。
読唇術って奴をこの日のために勉強すればよかったと後悔するなんて思いもしなかった。
俺はなんとか解読しようと彼女の唇の動きを解読する。
お き な さ い
え?
「何寝てるの?時間よ?」
急に現われたお袋の顔で俺は目を覚ます。
夢だったか。阿藤さん…夢の一時ありがとう。って違う!
「あ、あれ?今日ってお休みじゃなかったっけ?」
お袋は何いってんの?という顔をしながら俺の部屋から去る。
あ、そうか土曜日じゃないか。
なんで中学生は土曜日も授業があるのだ。
一昔前はそれが当たり前らしかったが俺の知っている昔は土曜日も休みだったって話。
そうか。
アニメの考察や呟く時に工夫するのに夢中な癖にすぐ側の人物の気持ちに答えられない世代が育ったから俺達の代で土曜日通学に戻ったのか。
「勘弁してくれよ。ダメ人間達。」
俺と私の試行錯誤
ふわぁ。
あくびしながら通学なんて現実であるんだな。おっとここでは❝私❞でなければ。
「おっはよう。あれ?なんか眠そう。筋トレしすぎなんじゃない?」
英美里が元気をくれる挨拶をしながらやってきた。
筋トレのしすぎか。
まじ?そんなついたのかな。
「そんな脳筋みたいな事言わなくていいじゃん。筋トレも勉強みたいなものだし。」
「テスト勉強は苦手そうだけど?」
「脳に筋肉ってないからそこ言われちゃうとちょっと。」
「今じゃ脳トレと一緒に筋トレってやるらしいよ?お母さんがジム通いだからそんな事いってたけど。」
そうなの?進んでるなあ健康も。
筋トレの話をしていたら運動部員だろうか?褐色の男子が中学校から支給されたウェアを着て走っている。
「言っちゃ悪いけど私、小学生の頃から先輩達のああいう〇〇中学って文字がある服に抵抗あるんだよね。」
「そう?私は素敵だと思うけど。」
「ま、まあなんというか中学に束縛されている気がしない?愛国心がどうとか謳う国にいるから仕方ないけど。」
英美里は洗脳や宗教的な押し付けが嫌いな女子だ。
流行り物に疎いフリをして私と遊ぶ時しかそういうのは身に着けない。
その辺りを詳しく知ることになる日はいつかくるのかな。
「国家クラスまで想像するのは違うんじゃないかな。」
とツッコんでおいた。
「スポーツとか実績って地域や学校の物じゃなくて、その子自身の物だと思うんだけどなぁ。」
「それは一理ある。」
こういう意気投合ができるから英美里と一緒にいられるのだ。
そんな話のネタになっている男子の側を通り過ぎると公園での記憶が蘇る。
「俺は小荷田幕波。」
あれ?
そんな事ないよな。だってあの公園って相当学区離れているけど。
「のなべく…野邉さんだよね?」
英美里が隣の女子と話していたので「君」と言いそうだった小荷田君が言い直した…ってえええ?
俺は驚いてしまった。
英美里が何故か嬉しそうに俺達に話かける。
「なになに?麻美子いつの間に彼氏ができたの?」
英美里よ。
さっき服の事散々悪口言ってたじゃないか。
まあ彼は褐色肌に運動部員。優しくて明るい男子だけど…
いやいやいやいやいやいやいやいや!
「か、彼氏じゃないよ?」
小荷田君は俺の言葉を流してくれた。
「初めまして。
俺は小荷田幕波です。
野邉さんとは以前リモートトレーニングで知り合って。」
強ち嘘じゃないけど上手く話してくれる彼に小声でありがとうと伝えた。
英美里はテンションが上がっている。
「悪いけど、ちょっと小荷田君と話があるから待ってて!」
英美里は「お!筋肉と筋肉が惹かれ合うって本当みたい!」とかなんか言っている。
恋に心躍る気持ちなら共有できるんだけどなあ。
そして俺達は人気の少ない場へ移動する。
「まさかここにいたなんて。」
「俺のセリフだよ。一年の時はいなかったはずだけど、なんでここにいるんだよ。」
少し間を置いて説明をしてくれた。
どうやら新学期が始まる時に転校してきたらしい。
といっても彼の家がリフォームのために工事中だから一時的に俺から見て隣町だった場所から一旦離れ、この中学に着たとか。
「というわけだからさ。よろしくね。」
「じゃあ、なんで公園で小荷田君が話してくれたのがお初だったわけ?」
「いくら時代が時代でも、直接野邉君に話すのは気を遣ってやめたんだよ。」
そうだった。
俺は学校では性別を隠していたんだった。
「優しいなあ小荷田君は。」
「でも学校で野邉君を見かける事は少なかったから今日は意外だったよ。」
運動部の練習が本格的になるには早いしな。
通学途中で小荷田君に出会うのが本来の性別だったら確かに恋か。
タイミングは選べないな。
「何部入ってんの?」
「一応サッカーかな。リフォーム終わるのは年内だし、この学校で所属してもそんな意味ないけど。」
「そっか。じゃあ、本来の学校では何部だったの?」
「バスケ部。俺、体育の成績はいいから引っ張りだこでさ。本来どのスポーツが向いてるとか分からない。」
いつの時代も運動能力だけは目をつける人間がいる。
日本は特にそうなのかもしれない。
「リフト部くらい作ってほしいよな。」
え?という顔でこちらを見る小荷田君。
「なんか俺悪いこと言ったか?」
すると予鈴が鳴った。
やばい!遅れる!
俺達は急いで校舎へと走った。
姉なんか大嫌い
私は阿藤散花。
霧峰中学二年生の乙女。
自慢じゃないけど私は俗に言うお金持ちの生まれ。
だけど私立だったり中高一貫校に通うわけじゃない。
お受験が流行りだしてから私立中学の民度も落ちてしまってね。確かに成績や学歴は相応しい人間が得ている物。例外はあるけどね。
その例外が私の姉。
容姿しか取り柄のない女の恥。
勉強はできるといってもそれは全部男の為。
「散花教えてあげる。
女は便利な性別だよ。
相手に冤罪を押し付けて破滅させてもいいし、自分が育児も家事もできないダメババアでもちょっとできる所を見せれば同じババア相手でも上に立てる。男はどこか身体を撫でてあげればいい。」
じゃあなんで貴女は勉強をしているのでしょう?
そこまで分かっているのなら歴なんて要らないでしょう?
そんな事を言ったら私は姉に叩かれた。
「あとね。女同士の喧嘩だったら勝った方が優位に立てれる。負けてる女に人権はないからね。身体以外は。」
「サイテー。」
「要領が良いに言い換えろ。」
あれから本当に事件を起こすなんてね。おかげで私は姉に勝てたわ。
けど、私は男性も女性も誰も馬鹿にしたことはない。そんな事をすれば罰が当たる。
ま、神様なんて居たとしても役割が違うから人間が起こした不始末は人間が片付けなければいけないのだけどね。だから私は姉に仕返しをした。
嫌な過去は忘れよう。
私は写真を眺める。
大好きな彼との一時を。
「私が。私が必ず助けるからね。それまで…それまでどうか私を恨まないで。」
住む世界が違う
今日もまた授業が終わっていく。英美里のおかげで予習はちゃんと終わったぜ。
塾といっても気の合う仲間と駄弁って勉強しているから身に入らねえ!
英美里に言ったら「勉強してないじゃん。」と突っ込まれたけどさ。
さて、また筋トレしに行くか。けど、小荷田君って部活の予定あるのかな。
考えていたら英美里が「ばっ」とやってくる。お茶目だけど驚くぜ。
「何?英美里。」
「今日は珍しく予定がないじゃん。」
あっそういえば最近公園で筋トレばっかしてたの忘れていた。
こうやって校内にいるのも中学二年生になってからは初めてか。
「もしかして…今まで彼と付き合っていたから断っていたんじゃないの?」
コノコノと突く英美里がどこか昭和っぽい。
「ち、違う違う。私は…」
隣町の公園で腹筋を叩いていたなんて事は墓場まで持っていくぞ。
「せっかくだし…今日は彼も誘って一緒に遊ばない?」
「誘うって小荷田君と英美里は親交がないでしょ?」
「へへへ。こんな事もあろうかと朝他のクラスメイトから彼の連絡先を聞いたんだよ。勿論彼は許可してくれたよん。」
大胆な英美里と柔軟な小荷田君に俺はついていけてない。
「小荷田君、今日は部活ないんだって。もしかしてまた会う約束してたりする?」
連絡を交換したけどそこまでお互い気にしないタイプだったから気ままに一人でいるつもりだったけど。
ここは今まで英美里に申し訳ない気持ちもあったし、小荷田君について他に聞きたかったこともあるから後は英美里の思うままにセッティングしてもらった。
-待ち合わせ場所にて-
俺が女の身体で生まれてもよく分からない事がある。
喫茶店の雰囲気とか、韓流アイドルの魅力とか、タピオカだとか。
話してると楽しんでる自分がいるけれど俺が聞き手に回るのが好きなだけだと気づいた。
昔、兄と一緒に見た女子が変身するアニメの感想として。
「え?女子中学生ってそんな事考える?」
とか
「世界を守れってふざけないでほしい。こっちは日常を送るのに精一杯なのに。」
と兄に言ったら「もう少し浸れよ」って指摘された。
そういうことなの?
だから俺は兄を通してオタクだとかアニメ好きの大人が嫌いだ。
けど、年相応の女子と話しても細かな違いがあるだけで派閥があることも知った。
勿論筋トレにだってそういう事はある。俺はオタクとは違うから理想郷を求めてなんていない。
隠れ家を探したくなるのは男の性だな。
とかなんとか言っている内に小荷田君がやってきた。
ほんと俺達の年代だと男子もおしゃれな店知ってるからなあ。森で筋トレする楽しさは万人受けしないか。
俺が言うのもなんだけど男子も大変だ。
「黒橋さんだっけ?あれ?野邉さんまで。」
「よっ。」
「麻美子ワイルドな返事だね。やっぱり仲が良いんだ。」
しまった。癖が出てしまった。
「う、運動部の人の挨拶ってこんな感じかなと思って。」
「何で麻美子がドギマギしてるの?」
小荷田君は何も突っ込まないでいてくれるのは理解度の差だな。
だからといって英美里をどうこう言うつもりはない。
「ほら英美里と過ごすのって久しぶりだし、私が仲良くても相手は男子でしょ?緊張するよ。」
お店の小洒落た空気より公園の森の空気がいいんじゃ!
「二人はもう注文したの?」
「うん。私はミルクティー。」
「お…私はレモンティー。」
小荷田君が少し表情が緩んだ。
なぜだ?
彼はメニューを眺め、何かを注文しようとする。
「すみません。ガムシロップ有りのカフェオレで。」
英美里が笑っている。なぜかな。俺も同じ感想を抱いていた。
「私達に影響されてる?」
小荷田君の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。が、満面の笑みで
「多分ね。」
と言った。
小荷田君の注文が届いた辺りで俺達は互いに話が盛り上がった。
思いの外、小荷田君は感情の起伏が激しい所があり、俺が見た映画の感想に涙を流したりして英美里が意外そうに眺めていたり。
英美里もテスト勉強の時はいつもこの店で考え込みながら対策をしていたり。
俺は自分の事を打ち明けないように筋トレについて話す。
阿藤さんや小荷田君と出会う前は男勝りな女を通そうとしていたのにいつの間にか筋トレに精を出すようになった。
一年前からやってはいたけど初心がどうだったか思い出せない。
全ては阿藤さんを守れる男になる為。
けど、何か忘れている。
❝俺は存在しちゃいけない奴だからさ❞
育富君。
育富濱塩君。
かつて俺にアスペルガー症候群だという事を打ち明けてくれて男子。
俺が自分の性に向き合おうとさせた彼。
唯一の男友達だったのに。
だった?
あれ?今俺なんでこんな悩んでるんだろう。
恋もして、友達もできて、趣味もより楽しめるようになって。
幸せじゃないか。でもなんか足りないな。
「あれ?阿藤さんじゃない?」
そんな俺の悩みは彼女の名前を出されて吹き飛んだ。
「え?どこどこ?」
「麻美子。なんで貴女が反応するの?」
「阿藤さん?あの綺麗な子?あんな子うちにいたっけ。」
「小荷田君?貴方も転校して間もないじゃない。」
英美里が小荷田君に阿藤さんについて話してくれた。
「私達と同じ中学二年生。
見ての通りお金持ちで成績優秀、スポーツ万能。男子は勿論、女子のファンもいるって聞いてる。」
おいおいおいおい。
同姓も敵かよ。
俺が惚れるんだからそりゃそうか。目的は流石に違うと思うけど。
「気が張ってそうだね。今、知り合いである俺達に気付いたら彼女の居場所なくなりそうだよ?」
小荷田君ナイスガイ。タメか俺達?
そう聞いてみんな静かに彼女を見ていた。
阿藤さんは誰と待ち合わせる事なく一人で過ごす。
外に変わりはないからか学校で見るの変わらない。
こういう時に何かリアクションを彼女が取ったらギャップ萌えがあるとか兄が言いそうだけど個人差あるだろ。
しかし綺麗だな。小荷田君は女の子慣れしているのか?彼女の綺麗さに淡白な反応するなんて見る目ないんじゃない?
とか勝手に思っていたら阿藤さんの周りに柄の悪そうな男達が群がってきた。
「お嬢ちゃん、ちょっと座らせて貰うぜ。」
店がどよめく。
「綺麗な女だなあ?歳はいくつだ?」
完全に無視を決め込む阿藤さん。小荷田君が様子を伺ってる。お、かっこいいじゃん。
だけど…。
「なんか言えよ?このメニュー奢ってあげるからさあ。」
阿藤さんは柄の悪い連中を嘲笑している。やっぱ中二?
「おしとやかな女は年に関係なくエスコートしてやるぜ。だからなんか言えや!」
「エスコート?見た目も心も下劣なあなた達にそんな思考があるなんておかしな話ね。」
「んだとこのガキ!いまからこっちへこい。」
小荷田君が阿藤さんに向かう前に俺がこのクソ野郎に攻撃をした。
「今度は誰だ!」
俺は待ってましたと言わんばかりに自身を解き放った。
「歳上の癖にマナーがなってないな。都合の良い時だけ年齢を持ち出す奴らなんてこんなものだ。」
「はあ?また女か。こいつの方が品もなくないか?」
「だよな。筋肉有りすぎてキモい。もしかしてこいつ…」
おい。
その仕草はホモの意味だろ?こいつら馬鹿か?
「そっちにスタンバってる男が型無しだな。」
「案外こいつもチンコついてるんじゃねえか?」
あったまきた。
「だからなんだ。
偶々お前らが性別に従順で深く物事を考えたことのない脳に生まれただけだろ?
せっかく彼女が中学生の貴重な時間を割いてくつろいでるのに気を遣って静かに暮らす事さえできねえ奴らがいっちょまえに偉そうにしてんじゃねえよ。」
あ、言ってしまった。
あれ?阿藤さん笑ってる?なんで?
「関係ねえ。こいつらやっちまえ。」
取り巻きの二人が骨を鳴らす。
知性がないにも程があるだろう。こういうのはフィクションだけにしろよ。
すると「失礼」という声が入り、誰かが三人を片付けた。
「え?セバスチャン?」
俺は咄嗟にフィクションのような執事にそう名付けた。
「お言葉ですがセバスチャンではございません。」
「蟻原来てくれたのね。」
あれ?俺達の出番要らなかったのか?
小荷田君も驚いている。
「面白い人ね。名前は何ていうの?」
お?ファーストインプレッションがこれ!?
俺はやっと彼女に名前を伝える事ができる。
「野邉麻美子です。」
5868~すれ違う思春期で~
あれから俺達は喫茶店で阿藤さん(と蟻原さん)も入れて四人で話した。
阿藤さん曰く「なんてお転婆さんだこと。」
という評価を有り難く頂いた。
どうやら蟻原さんの助けがなくとも阿藤さんは武道の有段者らしく回避できたとのこと。
けど、それ以上に俺の発言に興味を持ったとか。
英美里は俺の発言に驚き、小荷田君はやっぱりと言った反応だった。
「それで、黒橋さんはさっきの彼女の一面に絶句してたのね?」
「は、はい。麻美子ってはっきり物事をいう割にはどこか奥ゆかしい…というか何か隠している感じがあって。」
「え?そんな事あった?」
「都合の良い事だけ聞いているのも麻美子の特徴。
小荷田君はやけに落ち着いてるけど驚かないの?」
小荷田君は俺の性別をバラさない程度に合わせてくれていた。そこを阿藤さんは見逃していなかったみたいだ。
「野邉さんだったかしら?少し、一緒にお話をしない?」
え?苦節一年にしてこんな形で馴れ初めが始まるの?
あららなんか乙女になっちゃいそう。男だけどな。
阿藤さんと俺は少し店を出た。
阿藤さんと俺。傍から見たら俺達は同姓の友達だろう。
だが、俺は男。
しかも阿藤さんはずっと想いを寄せている。
なんて話せば良いんだろう。
「そ、その…く、空気が美味しいですね。」
阿藤さんは知らんぷりしている。やっべえ…めっちゃドキドキしている。
しかし一年前から変わってないな。このカッコよさ。
こんな美女に俺も腹筋を触られたら…前の男子達もどうなったのかな。
阿藤さんの前だけは上裸だったりするのかな。
って現実逃避してるよ俺。
「さっきの威勢が全然無いわね。今まで会った人の中で一番面白かったのに。」
なるほど。
隠す必要はないのか。
口調だけは。
「お、面白いって。
俺はああいう歳だけ重ねてでかくなった輩がいけ好かないだけで…そもそも女子中学生に手を出そうとするなんて最低だよ。天下の阿藤さんに。」
クスクスとお嬢様のように笑う阿藤さん。
「そ、その…俺ってそんなに面白いですか?」
「面白いわ。さっきの小荷田君もカッコいい人だけど、あなたはユーモラスがあるわね。」
「ユーモラス?お、俺は思った事を口にしただけだよ。」
「だからよ。」
「お、おう。」
しばらく黙りながら俺達は歩く。
すると、阿藤さんから話かけられた。
「随分身体が鍛えられているわね。私は有段者なんだけれど、どこか同姓の筋肉の付き方とは違うわ。」
随分見られているな。
いつからだろう。掌握された気分になった状態で俺は話す。
「筋トレが好きでさ。
さっきの小荷田君と一緒に男性向けのトレーニングで負荷かけてる。
女は男より力が強いとは言われるけどやっぱり継続やトレーニングの質は壁を感じたりする。女性ボディビルダーみたいな身体つきも憧れるけど俺は鈴木雅さんみたいな身体つきを目指しているから…」
阿藤さんは思いっきり笑っている。
俺はいつの間にか趣味に夢中な奴特有の話し方になっていた。
「先程の輩が言っていた事も正確なのかもね。」
「え?」
「思春期はそういうものなのかもしれないけど、あなた性別に迷いがあるわよ。」
やばいな。
流石俺が惚れた女。
怖いんだけど!
「お、俺は男勝りなだけだよ。阿藤さんに恋をしている一人の女さ。」
言ったぞ。
流れに任せて言ってしまった。
阿藤さんは思いの外手慣れているように返事をする。
「私は『彼氏にしたい女』かそれとも『彼女にしたい女』かどれかしら?」
「ど、どれって。俺が阿藤さんの彼氏になりたいです!」
阿藤さんは驚いている。
「もう言います。
俺、阿藤さんが好きです!一年前に男子生徒の腹筋を触っていた貴女を見て好きになりました。それ以前から俺は自分の心と身体が一致していない事に悩んでいました。けど、関係ない。貴女が好きです!」
よし。
運良く人通りが少ないタイミングでロマンチックに告白したぞ。
だってこんなチャンス滅多にないからな。ちょっと段取り悪いけど。
しかし阿藤さんはまた笑い出した。
「今まで男女に告白された事は数え切れないけれど…こんな面白くてカッコいい人に下準備もなく本気で告白されたのなんて初めてよ。」
「そ、そのぉ…え?性別に関してとかなんとも思わないんですか?」
「私の事が好きだっていう事実以外の情報は要らないでしょう?
「た、確かにそうだけど。」
「でも、あなたは自分をハッキリさせたくはないの?」
ハッキリ…それはどういうことだ?
「なんだかあなたには私よりもっと大事な人がいる気がするのよね。」
大事な人?そんな。
大事な人は阿藤さんがいる。いや、友達も入れたら英美里や小荷田君もそうか。
でも…俺を最初に理解しようとしてくれたあの子がいたよな。
あの子?
阿藤さんは少し不機嫌になったような気がする。
「敢えて言うなら、あなたはずるいわ。恋をしているのは本当のようね。お気持ちだけは受け取っておく。けれど、私は誰の二番目でもない。」
「二番目?何を言っているんだ。俺は本気で…」
「本能による恋は嫌いじゃないわ。故に私はあなたの玩具じゃないの。」
ど、どうしたんだ?急に?
「小荷田君と黒橋さんと連絡を取り合ったけれど、あなたにも来ているんじゃない?お怒りのトークが。」
そう言われて俺はスマートフォンを覗く。
ああ…こりゃきついわ。
そんな時だった。
育富君?少し窶れた彼を見かけた気がした。
「あら?あなたの本命じゃないの?」
「本命…育富君…育富濱塩君はそういう関係じゃない!俺達…俺の理解者になっていた人かもしれないんだ。」
俺はいつの間にか彼の話をしていた。アスペルガー症候群という障がいを抱えていること。その事を話してくれた彼にお役所勤めのおばさんが偶々その場に居合わせてアスペルガー症候群の否定をした事に俺が怒った事を。
「そう。だからあなたって面白いのね。
今ので納得したわ。」
阿藤さんは俺の腹から顎を艶やかに撫でる。しかしそれは至福との時とは言えなかった。
「舐めんなよ。」
今まで背筋が凍るなんて経験あるわけないと思っていた。
けど、今凄く怖かった感覚がソレだという事は理解した。
その場を去ろうとした阿藤さんだったが何かを思い出したように俺の耳まで近づいた。
「明日放課後に私の教室に来て頂戴。せっかくだから話したい事ができてね。」
更に一言付け加える。
「あなたみたいな面白くて現実逃避が上手い人には興味があるわ。
でも…私の優先順位は決して低く見積もらないでくれる?」
その後俺はショックだったのか覚えていない。
ただ、誰にも会いに行くのが辛くなった事だけは確かだ。
育富君。
だから不登校になっちゃったの?
誰も安くない
俺は鬱屈とした状態で一日を過ごす。
ただ今日が無事終わって欲しかった。
英美里や小荷田君になんて思われているのかすら分からない。
それよりも俺は阿藤さんが好きだったはずじゃないのか?
なぜ阿藤さんをあそこまで怒らせてしまったんだ。
俺は…一体…
時間になった。
阿藤さんの教室についたが周りのクラスメイトが騒ぎ始める。
阿藤さんは説明不要のマドンナだからな。
彼女が当たり前のように俺にやってくる。
「ついてきなさい。迷い子君。」
人通りの少ない武道場近くまで俺達は歩いていった。
武道場までの道のりでは阿藤さんの顔を見る生徒達が学年関係なく去っていった。
重苦しい雰囲気のまま俺達は武道場で話す。
先に切り出したのは阿藤さんからだった。
「あなた変わってるわ。
私を男だからを愛しているとか、女だからを愛しているとか、はたまたどっちの性別も関係なく愛しているとかそういう事も言わなかった。」
「私は私。俺は俺だから。」
阿藤さんが何かを決意したかのように話してくれた。
ここからの俺は大分不安定になっていると思う。
「私は中学生にして国会議員や看護師より強いメンタルの持ち主だから気にしないわ。
あなたに性も自己が沢山ある事だって否定はしない。
以前あなたが喫茶店で輩に絡まれた時に私をまともな正論で助けてくれた事に関しては感謝するわ。
けれど、あなたが誰にでも優しいという状態では素直に喜べないの。
私はともかくそれで小荷田君や黒橋さん、アスペルガーの彼…育富濱塩君?その子達もあなたを信頼してくれているのよ?」
「でも私は…俺は関わっている友達は大切にしたいから。」
「聞こえはいいわね。良い事を教えてあげる。
なぜ私が女性に拘るか。」
阿藤さんが体育館裏に誘った。
場所を変えるという事だ。
「私はね。痴漢冤罪で生活費を稼いでいた姉がいるの。」
俺は驚いた。
姉がいる?でもお金持ちのはずじゃあ。
「正直、私は罪を着せられたサラリーマンの事に肩入れもしていないし詳しくは知らない。けどね、一つ分かった事があるの。」
彼女は息を吸った。
「私が女に拘る理由は一つ。
女の意見が強いからよ。
女って属性は強いのよ。
更に子供であれば尚のことね。
最悪の現実だけど。
だから私は女を利用して、家族の膿である姉を追い出したの。」
衝撃的な情報が飛び交う中学校体育館。
俺は阿藤さんの話をちゃんと聞く。
「姉は弱い女よ。自分では家事も仕事も誰かへの文句も言えない…何も出来ないくせに、父や母を困らせてばかりいた。
それだけなら別に構わないわ。
どんな人間も粗がある。
逆に言えばきっかけがあればちゃんと変われる。変われなければ死ぬだけよ。
だから私は多目に見てしまった。」
阿藤さんの口調は復讐者のそれだった。なのに表情は哀しそうだった。
「十三人目の恋人にフラれてその腹いせでサラリーマンを陥れた。
親も私もサラリーマンを訴えるつもりはなかったの。あの女の不手際だから。
けど、その時に限ってフった男が素行が悪い癖に権力があってね。エセフェミニストだったの。それでサラリーマンとその家族は…」
阿藤さんが泣いていた。
なぜ?俺も兄と関係が良いわけじゃないから、姉との関係に冷えきった阿藤さんが俺なんて他人事なのに泣くのはなんでか気になってしまった。でもその前に俺が阿藤さんを慰めようとしたら「ブレたくないから触らないで」と拒否られてしまった。
「疑っているのね。
なぜ姉達の不始末を他人事のように語れないのか。簡単な話よ。姉達が追い込んだサラリーマン家族の中に、私の好きな人がいるからよ。」
俺はポカンと口を開けてしまった。好きな人が…いる?
知らない事がどんどん出てくる。
「私達の二つ上よ。まだ高校生だけど、かっこいいのよ。彼の家庭はお世辞に裕福とは言えない。けど…ある時ね、私がちょっとお転婆やらかして赤信号の横断歩道に飛び出した時に彼が助けてくれたの。」
雰囲気が重たくなる中、散花が頬を赤らめながら照れて話す。
「いつからか私達は愛し合う関係に会ったわ。
彼は私が不良に襲われそうになった時も話し合いで解決してくれた。
私が落としかけたスマートフォンもホコリすら付けず拾ってくれた。日本の貧しい家庭で身も心も優しく、顔も良い人なんていないと思っていたから余計にね。」
阿藤さんはここで言いたい事が定まったようだ。
「だから私は強い女になりたいの。
あの事件以来、彼はいじめにあって登校拒否。
心配になって彼の家に行ったらドラマでよく見るでしょう?
汚い人間達の罵詈雑言の張り紙!
今は全部破って地域住民みんな起訴して檻の中よ。
けど、それも大きなお世話だった。彼はそれを知って私から距離を置くようになった。
寂しいし悔しかった。だから私は家族の権力に縋らないように姉とエセフェミニストの犯行記録を入念に調べて記し、ウィーチューブに晒した。」
阿藤さんのスピーチには中学生とは思えないパワーと計り知れない現代日本への敵意が散りばめられていた。
すぐ側でこんなに悩んでいる人がいる。
俺はそんな事も知らなかった。知らなくていいと思っていた。
「もう彼に振り向いて貰えないかもしれない。
こんな事をしても彼達の幸せは戻らない。
私は自分のエゴと向き合うと決めたの。何故なら私は彼が好きだから」
阿藤さんがコホンと咳で整えると、
「悪いけれどあなたは友達としては魅力的よ。
仮にあなたが男だったとしても変わらない。
あなたも自分に自信を持ち、誰かを傷つけたくないほど守りたいなら優しいだけじゃだめよ!
私に振り向いて貰う為に身体を鍛えたという事は並大抵の欲望じゃないはず。
信念を一つに決める事は思考停止だけど、あなたはここから自分自身を定めていけるはずよ。」
阿藤さんはごめんなさいねと言って去っていった。
体育館に一人、俺は残された。
こういう時、私はなんて言ったらいいのだろう。
小荷田君を遠ざけ、英美里にも嫌われ、育富君まで救えなかった。だから俺は一人になった。
憧れであり、恋人でいたかった阿藤さんにも芯がないと衝撃的な過去と共に拒否された。
俺は…
私は…
何の為に生きて…いるんだ。
ここまで頑張ったじゃないか!どうしてだよ。
俺は好きな人の為に生きているじゃないか!
この息苦しく多数派が弱い存在を平気で踏みにじる世界に!
おーい。野邉君?
誰か来た。涙は見せれないな。
俺は切り替えようとした。どっちに?
「散花ちゃんに聞いたけどどうしたの?」
幕波?
「な、なんで来たん…の?」
「日本語変になってるじゃん。」
小荷田君は涙で震えてる俺にいつもと変わらないように接していた。
「怒ってないの?阿藤さんとそのまま店出ていった事。」
何か勘違いしてない?と顔を傾ける。
「野邉君がさ…どういう想いで俺達と関わってるのかは正直公園の時から見ていても追いついてないんだ。
俺、明るいだけが取り柄だからさ。でも…」
小荷田君は俺の前で握り拳を突き上げ、笑った。
「俺達、友達だろ!」
私は涙が溢れた。
あんな事言ったのに。
「ありがとう。」
「友達だからって全部話す必要もないし、隠したって誰も文句言わないよ。
阿藤さんが何を言ったのか知らないけど、彼女が悪意を持って俺達に接するとは思えないからさ。」
そうかなぁ…とは言えなかったが阿藤さんの性格を彼なりに理解しているのだろう。
「濱塩君だっけ?
阿藤さんってさ、彼について向きあって欲しいんじゃないかな?ふわついてる野邉を見るのがムカつくのかもしれないし。」
「俺も重い部分出てたのか?」
「そう卑屈にならなくていいよ。前ならさ、一人だったかもしれないけど今は俺達がいるだろ?」
いつの間にか呼び捨てで話してくれた小荷田君。
そうか。俺はもうひとりじゃない。
「さっき聞こえた育富君?その子の事よく知らないけれど、仲良くできそうなら俺も話したいなって思っててさ。」
ひとつ確信したのは…今更だけど小荷田君は本当に明るくて積極的な男子ということだ。
「ちょっと待ってよ。何二人で盛り上がってんの?」
あれ?英美里?なんなんだ今日は。
「私って一人称にしなくてもいいから。ちょっと小荷田君。私は一年生の時から麻美子と友達なんだから。」
「な、そこ?」
「正直まだ麻美子の性を受け入れてるわけじゃない。けどそれは後でどうにでもなる。単純に謝ってよ麻美子!私も大人気なく怒りすぎたって謝りたいから。麻美子が謝った後に。」
そうか。
やっぱ俺って迷惑かけてるなあ。でも、みんな逃げないで俺と向き合っている。だったら俺もみんなと…自分に向き合わないといけないな。
「ごめんね英美里。あのまま置いてけぼりにして。」
「私も怒りすぎてごめん!さ、色々話したいこと、やりたいことちゃんとやりましょ。」
みんなこんな頼もしかったっけ?知らない一面って俺だけじゃないよな。
だからまた頑張るよ。
続く
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