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あの日僕はどう感じたか第六章:夏祭

※ 過去掲載作です。
全七章。

過去に投稿サイトへ掲載した作品を再掲載しております。
なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくい表現やその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いております。
基本的に掲載当時を尊重し、再掲載

お楽しみ頂ければ幸いです。


集合


  興哉おきやは夏祭りに来ていた。
やっとこの日が来た。

  と言っても一番楽しみにしていたのは時田君だろうな。

  集合時間五分前に満引みちひき公園に来ていた。

荒海あらうみ祭り』

  毎年この町内で行われている行事だ。

  けど不思議な気持ち。
友達が増えるだけでこんなにも新鮮な気分になれるなんて。

  季節が季節だから、みんな浴衣だったり派手なタンクトップを着用している人もいる。
なんだかドキドキする。
小学生でも数える程しか祭りに行ったことがない。

  お願い!時田君着て!

「よっ!興哉遅いじゃん。」

  本当に来てくれた時田君に感謝をするも僕は大分早めに来たという事に気付かれてない事にちょっと苛立った。

「ちゃんと早めに来たよ。」

  そういえば、慶太はともかく峰君はどうしたんだろう?他のみんなも来ていない。

  時間にルーズな人達と僕は思ってないからやっぱり忙しかったのかな。

  時田君、誰よりも楽しんでいたのに凹んでいる様子を見せない。

  もしかして来ているのかな?
押し問答していても仕方がないから時田君に聞かないと。

「時田君。他のみんなはどうしたの?」

  時田君は『よくぞ聞いてくれました!』と『それには深い事情があって…』と言いたそうな苦笑いとポーズをしていた。

  聞きづらいな。
時田君は急にかがみ込んでしまった。

「俺って幼稚なのかな。」

  祭りが始まってる時に中学生が口にする台詞と雰囲気じゃない。

  僕はちゃんと彼の話を聞かないと。

「場所変えよう。」

-----------売店に


  時田君の話によると美郷みさとさんをメンバーは結局誘いを断ったらしい。

  慶太けいたは後から合流するらしい。
他の人から聞いてみると大した悩みじゃないと思うかもしれない。

  だけど、僕は知っている。
彼がこの世知辛い時代で見つけた楽しみである荒海祭りの事を。

「中学生にもなって祭りではしゃぐなんてダサいのかな。」

  僕は深呼吸する。
間を空けて伝える。

「ダサいわけない!」

  時田ときた君はえっ?と驚いた顔をする。

「僕が来ているし、慶太もあとから合流するんだよね?それに、僕も楽しみにしてる。」

  僕は時田君に手を差し伸べる。

「どっか売店行こう。」

  誘った相手がこないことにショックを受ける気持ちは分かる。

  そんな現実から逃げるための祭りだから一緒に楽しもうと伝えたのだ。

  時田君は差し伸べた僕の手を掴む。

「いっぱ~つ!」

  CMでそんなのがあったね。
時田君に迷いはないみたいで助かった。

「切り替え早くてよかったよ。」

「へへ。興哉のおかげ。」

  普段はお調子者で様々なタイプから声を掛けられる人望を持つ時田君。

  けれど、時田君が繊細なのは知っているよ。
僕は時田君がそういう反応をしているから平気だけど、慶太と話せる事が減ってしまった時だって僕は心細くなかったといえば嘘になる。

  みんなの状況を理解できる分余計に寂しいよね。
体脂肪率が少ないが決してガリガリでもなく、むしろややガッシリしている時田君の身体から力が抜けている様な気がすると僕も気が滅入ってしまう。

  って、僕は何を言っているのだろう?僕はそういうタイプじゃないけれど、腹を小突くみたいなちょっかいを掛けた方が安心するのかな?でもそんな事はしないよ。

  話を戻すけど、みね君と慶太仲良かったなぁ。
けど、時田君と峰君って仲良かったっけ。
小学校違うし、僕も部活で知り合ったぐらいだからなぁ。

  僕がそんな事を考えながら歩いていると時田君は金魚掬いをやり始めていた。

  そうだ。
祭りなんだからリフレッシュしよう。

「じゃ、やりますか!」

  担当しているおじさんに代金を払って楽しそうに金魚を狙う。

  出目金でめきんぐらいしか金魚については知らないけれど時田君はやたら大きな金魚ばかり狙う。

  だから網がすぐ破れてしまう。
時田君は凹んでいた。

「くそぅ。
ここででかい金魚掬えばこの寂しさをチャラにできそうなのに!」

  時田君が入学時からずっと楽しみにしていた夏祭り。
中学生相応かなんて悩みながらも熱心に頼み込むから僕達は根負けしたんだ(一部を除いて)。

  彼の無念を晴らすように僕は交代を頼もうと思っていた。

  でも、ここは時田君に美味しい所を持っていて貰いたい!

「時田君。
大きい金魚を狙うよりも元気な金魚を狙わない?」

「え?どうした興哉?」

「網を斜めに一気につけて!おじさん、料金は僕が払いますが掬うのは彼です!」

  時田君はあっけらかんとしながら僕の指示通りに動いた。

「興哉、次は?」

  壁際に網を入れたという事は金魚掬いのコツはある程度理解しているとみた。

  やっぱり腹筋が割れているって運動神経の良さを表わしている気がする。

  だったら次の支持は当然、

「狙った金魚の側面を救って、斜めをキープ!」

  時田君はカッコつけるなんて事もせず冷静に壁際の金魚を掬い、お椀に入れる。

「興哉…俺、やったぞ!」

  中学一年生とは思えないキラキラとした輝き。そうだ。
時田君自身の力で手に入れたんだ。

  それと同時に彼は目標は大きく設定しているが攻め方はセオリーを外していないのでまともな判断はしている。
だからこそ僕は心配なんだ。けれど大きな金魚より元気な金魚を掬って喜んでいる彼を見て久しぶりに安心した。

  時田君は大事そうに金魚の入った袋を持っている。
元々アクアリウム趣味があるからこんな時のために用意しているとか。
けど、祭りに行く度に失敗していて悔しかったらしい。

  彼は一旦家へ帰って戻ってきた。
優しいな。

「興哉が金魚掬い名人なんて思わなかったよ。あの金魚の名前一緒に考えようぜ。」

「いいよ。」

  良かった。
今の僕達は『ここから六年間受験や将来に押しつぶされないよう過ごす学生』ではなく、『青春を過ごす中学生』なのだ。
女子生徒や一部の人からは年相応ではない行動を過ごす事を少なからず押し付けられてしまう。

  いや、いいんだ。
今はそんな事とは関係のない自分達を曝け出せる。

  そんな事を思っていたのは僕だけではなかったみたいで、結構知り合いが参加している。

「おい、あれみろよ。」

  時田君があごで指している方向を見ると、同じクラスの人がいた。

「カップル成立してたのか。あいつら羨ましいな。」

  普段女子とも不器用に友人として接している彼が言うと説得力が増す。

「女子メンバーも誘って…たけどなぁ。」

「大丈夫大丈夫。時田君はモテるよ。」

  だってちゃんと女子とも喋れるし、筋肉をしっかり鍛えればモテるって雑誌に書いてあったし。
とは言わないで置いた。

「中ニには彼女ゲットするもんね。」

「この一年は捨てるの?」

「始まったばかりは甘めでみられるからさ。」

  マセているわけじゃない素直な時田君と友達になれて僕はよかったと思う。

次は…


「興哉君来てくれたんだ。大会お疲れ様。」

  時田君は知らなかったね。

針峪はりたに先輩もお疲れ様です。」

「せ、先輩?もしかして陸上部の?」

  針峪先輩は時田君に対して親切に自己紹介をした。

「初めまして。針峪弥恵はりたにやえです。」

「こ、こちらこそ。
時田竜也ときたたつやです。
いつも興哉がお世話になっています!」

  針峪先輩はうふふと笑った。
ちょ、ちょっと。僕は赤くなった。

  そこを時田君は見逃さずに小声で指摘する。

「おい。こんな美人な先輩いたなんて聞いてないぞ?ははーん。さては先輩に惚れて陸上部頑張ってたな?隅に置けない奴だ。」

  このこのなんて今時の小学生でもやらないノリで突く。

「違うよ。僕は何かに打ち込めるのが好きなだけで…。」

  どうやって言い訳をしようか考えていたら先輩がジュースを僕達の頬に近づけた。

「お題はいらないから、持ってって。キンキンに冷やしておいたから。」

  針峪先輩はやっぱり優しい。

「俺も陸上部入っておけばよかった!」

「入ったらこんな一面ばかりじゃないかもしれないよ。」

  針峪先輩はちょっぴり意地悪な人でもある。

「嘘。時田君だっけ?ちょっと身体見せてもらっていい?」

  せ、先輩?

  針峪先輩は周囲に誤解がないようそっと時田君の身体を目で舐め回す。

「時田君って短距離は得意?」

  時田君はオロオロしながらも答えようとしている。

「た、短距離は…苦手じゃな…いです。」

  針峪先輩は彼の太腿を叩いた。

「腹直筋に体脂肪が少なくてしなやか。大腿筋の発達は小学生の間に何かしてた?走者にピッタリじゃない。もし希望があるならうちはいつでも大歓迎するよ。」

  時田君は話についていけてない。
でも針峪先輩がこんなに人を評価するなんて初めて見た。

「時田君。
素質ありってことだよ。あ、でも先輩、今日ここに来たのは陸上部員を増やすためじゃなくて祭りで出店してるって話を聞いたので寄ってみただけです。」

  針峪先輩は目をランランとしている。けど、話は通じたみたいでテンションを標準に戻す。

「ちょっと気になっただけ。現実を押し付けちゃだめだよね。てへっ。楽しんでおいで。」

「なあ、興哉。中学上がると縦社会を強調されるって前いったじゃん?針峪先輩も練習は厳しかったりする?」

「部の中では優しい先輩だよ。でも、あんな側面は知らなかった。」

「興哉が中ニになったらあの人部長になるのかな?」

「主要メンバーの一人だから必然的にそうなるかも。」

「やっぱ怖い。」

「もしかして入る気だった?」

「い、いや全然。俺は誰に何と言われても部活には入らない。」

「そっか。」

  僕達はさっき買ったチューペットを舐める。高学年から食べてなかったから久しぶりだ。

「結構周ったけど、荒海祭りってこんな楽しかったなんてな。」

  十九時過ぎてから見える夏の夕暮れ。やっぱり日が長いから実感湧かないな。

「平滝も最初に来ればよかったのに。」

「さっき携帯から連絡あったけど、もうすぐ来るって。」

「まじで?ところでさー、平滝も針峪先輩の事知ってる?」

「どうだろう。
サッカー部以外の運動部で縦の付き合いを慶太がするとは思えないから。」

「なんだよその信頼してるのかしてないのかわからない関係。」

「慶太の事、僕もあまりよくわからないから。」

  ちょっと雰囲気が変わる。

「中学生活少し過ぎてから、お前らそんな感じだよな。」

「忙しいから。」

  少し沈黙する。

「はぁ。喧嘩じゃないから余計に寂しいな。」

「今は寂しくないよ。」

  だって時田君がいるから。

奥からこちらに近づいてくる音がする。

「あ、白風しらかぜ。」

峰桃吉みねとうき君だ。

「今度は男か。俺達のクラスじゃなくね?」

  峰君は時田君に自己紹介する。

「別のクラスだけど、峰。
峰桃吉。よろしく。」

「お、おう。俺は時田竜也。興哉と同じクラスで友達。」

  時田君は警戒している。そういえば、二人共人見知りするタイプだったかな。

---------夕暮ユウグ時有ドキア


  時田君と峰君は少し距離をとりながら歩いている。

  僕は二人の間を歩いているけど、凄く居づらい。

「峰…だっけ?もう少し近く歩いていいよ。」

「そっちは時田か。いや、白風と歩けよ。」

「いや、挑発的な意味で言ったわけじゃないんだけど?」

「そうか。悪かった。」

もう。

「その、まだ初対面みたいだしそんなに無理しなくていいんじゃない?」

  時田君はそうかもと余裕ありげ。峰君は無言で無表情だ。

  う~んなんとかならないかな。
そもそも僕も峰君とは知り合ってそんなに経っていない。

  そんな時、峰君が切り出した。

「俺さ、射的ってやったことないんだよね。」

  峰君は少しもじもじしている。

「その…中学生にもなって恥ずかしいんだけどさ。う・・・・・・。」

  すると時田君が峰君の肩を掴む。

「峰!ここは祭りだ。峰のクラスは知らないけど他の中学生も沢山いる。ダサいなんて事はない!」

  峰君は驚いている。

「いや、やっぱダサいだろ。」

「じゃあ、峰はどういう遊びが大人だと思う?」
時田君の熱い問いに彼がどう答えるのか僕も楽しみになってしまった。

「そ、そりゃ…ダーツとか?」

  時田君は一瞬目が点になった。その後峰君と握手した。

「な、なんだよ!」

「峰の言う通りダーツの方がかっこいい!」

「って認めるんかい!」

  あれ?峰君ってツッコミするんだ。

  そんな二人は笑いあった。

「時田…でいいのか?ごめんな。ダサいなんていって。」

「いやいいよ。普通はそう思うって事を知れたから。」

  そんな事はない。
と時田君を尊重するが言葉とイメージの良さからダーツが勝る事は分かっている。

「だけど若い内に色々やっとけって言うし、それにやってみたいからさ。」

  と、僕達は峰君の希望通り射的屋に来ていた。
射的の事は俺に任せろと金魚掬いの時とは打って変わって時田君が峰君にレクチャーした。

・まず空気銃はバネがしっかりしているか
・コルクの形は形が整っているか
・コルクに欠けがないか
・飛ぶ方向の後ろ側が綺麗な角か

  凄い時田君。射的に詳しい一面があるなんて知らなかった。

「それと、銃の持ち方は脇を締めて銃の柄の部分に頬を密着。しっかりと固定して射的の台両方にヒジをついて腕を三脚!」

  峰君は深呼吸をし、目を瞑る。

「はっ!!」

  見事キャラメルを当てたのだった。

  僕と時田君は峰君からさっき射的で落としたキャラメルを貰う。

  今度は峰君が金魚掬いをやった時田君のような明るい表情をみせる。

「時田かっこいいな。」

「峰こそ飲み込み速いじゃん。」

  はははと笑う僕達。
よかったぁ、峰君と時田君が仲良くなってくれて。

  慶太と彼が一緒にいた理由わかった気がする。

「あとな。興哉は金魚掬いの達人だ。おかげで俺は大切なパートナーができたからな。」

「パートナー?それって金魚の事?」

「おうそうだ。悪いか?」

「いや。変わった表現で俺は好きだよ。」

「男に言われても…嬉しくないぜ。」

「だよな。」

「こいつ!」

  今思えばこうやって時田君と仲良くなったんだった。

  不思議な話だ。
彼等の肉体美に惚れて、僕は部活のモチベーションが上がった。
恋愛とかはまだまだだけど二人の腹筋を流れる水滴が美しくて身体の勉強を始めた。

  でも元々は彼等の性格に惹かれていたんだ。
峰君はミステリアスだけどちゃんと相手を見ている。

  時田君は人見知りだけど話しやすいし、話を聞いてくれる。

  僕はそんな二人と友達になれて嬉しい。

  ちゃんと今の二人をみよう。
確かに慶太とずっと話したいし遊びたい。
僕も部活と勉強で逃げていたけど本当はこうやって慶太とも一緒に道を歩んでいきたかった。

  でもこうやってお互いが離れて新しい人間関係を築いてるのも慶太が信頼しているからだと思う。

  優しくてかっこいい二人。僕は二人の事を少しずつ知りたいな。

  そのためには、僕も自分を出していこう。どうなるか分からない未来に怯えるより、今を楽しみたい。

「ねえ。二人はチョコバナナとか好き?僕、あまり食べた事なくて。」

  時田君は「俺あんまり好きじゃないんだよなぁ。悪いな興哉。」

  そういって手を合わせて謝る。

峰君は「チョコバナナか。興哉って甘党?可愛い所あるんだな。」
と素でいっている。僕は顔を赤らめた。
「じゃ、じゃあ僕と峰君で買ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
そういって僕らは売店に寄った。



「チョコバナナってアイスあったよな。それの温かいバージョン。」

「峰君。こっちが本物だよ。」

  今思えば、こうやって彼と話すのも初めてだ。
初めての事ばかり。
頭では分かっているけど他の子も一緒に来ればよかったのに。
そうすれば時田君ももっと楽しめたかもしれないのに。
僕はちょっと疲れていたのもあってぼぉっとした。
すると峰君が受け止めてくれた。

「え?僕、どうしたんだろう?」

  峰君は僕の肩を抱く。

「生活リズムが良いからじゃないか?いや、結構疲れてるのかも。
なんかあった?」

「優しいね峰君。いや、何もないよ。祭りだからかな。あはは。」

  峰君は少し真剣だ。
僕の頬に手を当て熱を確認する。

「ちょっと身体が熱いぞ?時田呼んでくるから待ってて。」

  え?熱?そんなことって。

  すると峰君が血相を変えてやってきた。

「いない!時田がいない!」

  売店からここまでそんなに場所は離れていない。
勝手に行動するタイプじゃないのにどうして?
峰君が何か知っているような顔をした。

「そんな事…ないよな?」

一人で何かを話している。
すると峰君が僕の肩を抑えた。

「落ち着いて聞いてほしい。
祭りには色んな人間がいる。そこには普段会わないような暴力的な奴も遊びにくる。さっき見てきたがちょっと血が付いてた。」

  僕は熱もあってか半分聞き取れていない。

  暴力?血?そんな僕らに限って。

「なんで?なんで今追いかけないの?」

「落ち着け!!さっき助けを呼んだ。でもこうしている間も油断できない。
いま白風に話しているのは俺の意思を伝えに来た。」

「意思?」

「熱あるのにごめんな。
けど、射的のお礼を返す時がもう来たみたいだ。」

  そういって峰君は走っていった。
一度立ち止まってこちらを振り返ろうとしたがそのまま去っていった。

「そ…んな。だったら僕も。僕もいくよ!」

  しかし段々身体から力が抜けていく。
どうして?どうしてこんな時に動けないんだ!!
カッコつけたいなんて下心じゃない。大切な時田君と峰君を危険な目に合わせたくなんかないんだ!
だが僕は眠ろうとしていた。

  眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。
眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。
眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。眠るもんか。
眠るもんか。眠るもん…か。眠るも…か。眠る…か。

  僕は精一杯『本能』という名のDNAに抗っていた。


  ぐはっ!
時田竜也は腹を殴打され、壁にもたれる。

「へっ坊主なんかにしやがって。ヒョロヒョロのガキが!!」

  時田の顔をごつい掌が覆う。
ただ友達を待っていただけで時田は何もしていない。

  いつの間にか族と思われる三人に連れていかれた。

  顔を殴られたが歯は折れずに済んだ。
だからこそここから逃げ出したかった。
返す言葉がない。
時田。ここは逃げるしかない。
しかし、この手の連中は人を追い詰めるのに怖いほど慣れている。

  明かりもなく、助けが入りにくい土手に連れ込むルートを知っている。

「おいガキ。持ってる金全部寄越しな。」

  粗暴さと頭の悪さだけは絶対に見習わないように腹筋の痛みから肝に銘じる。

  財布を渡す素振りを見せ、時田は逃げる。

「てめえこのガキ!」

  明るい所を目指せばいい。そうすれば…。

  しかし何かに躓いて転んだ。間の悪い自分を呪うしか無い。
追いついた奴に胸を蹴られた。

「がはっ。」

「舐め腐りやがって。金の他に何をいただこうか。」

  靴が時田の胸に食い込む。すると主が飛んでいった。

「くそ、何しやがる!」

「それはこっちのセリフだ!」

  その姿は峰桃吉だった。

「峰!バカヤロウ。逃げろ。」

「助けはちゃんと呼んだ。歩けるなら早く逃げろ!!」

「お前はどうするんだよ!」

  峰はやってくる攻撃を交わした。
身長が高いため相手が急所を狙う事をよく知っている。

  時田にはまだ鈍い痛みが残っている。

「せっかく興哉が俺の我儘に付き合ってくれてるんだ。かっこ悪い所は見せられねえ。」

  すると峰が時田の元へやってきて引っ叩いた。

「何するんだよ!」

「今、白風は熱があるんだ。」

  時田は自分の痛みを忘れた顔をする。

「なんだって?」

「さっき測ったら疲れで出たみたいだ。祭りの前に風邪を引くなんてそんな事白風がするとは思えない。」

「お、興哉。」

「いいか?これは事故だ。誰も悪くない。いや、悪い奴は目の前にいるな。」

  三人の族がいる。

「興哉は?興哉には誰か呼ばなかったのか?」

「白風の親族に熱の事を伝えたよ。ただ、それは俺が変わって伝えた。」

  もしかして興哉もここにこようとしたのか?

「まったく。情に熱い奴らに囲まれて俺は幸せだよ!」

  皮肉とは思えない本音だった。付き合いは浅くてもそこだけは伝わる。

「おいおい。
そんなこと聞いたら逃げた方が得策でも頑張ろうと思わない方がおかしいだろ。」

  峰は「は?」と怒鳴る。

「もうすぐ警察がくる。俺は時田を助けにきただけだ。」

  すると族の一人が「警察だと?」

「あと一人」と峰が呟いたのを聞き逃さなかった時田。

「いいか?ここは一緒に逃げるんだ。」

「ああ。だけどこいつら意外と素早いぞ?」

「熊と同じだと思え。」

「そりゃ食物連鎖の頂点に立つ動物様だもんな!」

  峰と時田は走る。
ときに振り返って様子を伺いながら。
警察が来るといってもまだそのチャンスじゃない。
明るい所に向かって走る。走る。走る。

----------------夢想


  僕は夢の中にいた。
最初は慶太と一緒にいた。
昔の僕は弱かった。
誰かから見て、浮いているわけじゃない。
ただただ弱かった。
主張も。
身体も。
見た目も。

  ううん。理由なんて些細なものなんだ。
だから、慶太が僕を助けてくれた時に力になりたかったんだ。

  でも、その必要なんてなかったんだね。
今の僕には幼稚園。
小学校の頃の友達以外にちゃんと中学になって友達ができた。
運動も、勉強も、あと何がやれてないんだろう。いや、できることを考えよう。
こんなに自分にできることがあるなんて知らなかった。
他の人はそういうのを“努力"って言うんだろうけどきっとそれをやろうとしている時点で
僕の性格なんだと思う。
だけど僕は無力なんだ。
時田君や峰君だけじゃない。他の人にも。もしかして慶太にも?
知らないことがあるのは当然の事だと思う。
生きているんだから。
ということは、今僕は知りたい事があるんだね。
弱かったコンプレックスによるものじゃない。
大事な友達を守りたい!
だけど、守れない自分を恨もうとしている。
僕は…僕は…

「どうしたらいいの…。」

  気がつくと僕は誰かの背中にいた。
え?もしかして死んじゃったのかな?

「起きたか。」

  この声はもしかして?

「け、慶太!え?どういう事?」

  時田君は?峰君は?そんな勢いで喋ろうとしたら咳が出た。

「ごほっ、ごほっ。」

  慶太は僕が立てるかどうか確認して下ろした。

「時田と峰は無事だよ。
時田は腹部を殴打されたが幸い軽症で済んだ。峰はほぼ無傷でびっくりしたけどな。」

「まさか…二人共殴り合ったりしてないよね?」

「ドラマじゃないから二人は逃げに徹してたはずだ。」

  そうなんだ。
二人共賢くて安心した。

「僕…熱が出てよかったかもしれないね。」

慶太は黙って聞いていた。

  僕は中学生にもなって涙が出た。

「僕は飛び出そうとしたよ。二人だけ傷つくなんて辛いじゃないか。」

  慶太はずっと聞いている。

「さっき夢で自分を呪おうとしてまで僕は自分を責めたよ!」

  慶太は優しく僕の肩を触る。

「それ。俺に言ってくれてありがとうな。」

え?

「強くなったんだよ興哉は。
二人にもお礼を言っておけよ。」

  慶太は去ろうとした。

「どうしてこんな時間に祭りにきたの?」

「交通渋滞でさ。
運転免許なくても歩行者は巻き込まれるからさ。」

「だったら峰君と来ればよかったじゃん。」

「峰には遅れるって言ったんだけど…まじ?送信失敗?」

  それを聞いて張り詰めていた空気が少し緩んだ気がした。

「慶太もそんな不運があるんだ。」

「運の悪さはお互い様だろ。」

  慶太は変わってなかった。
一緒にいるだけが友達じゃないって分かっていても当然だった景色が変わっていく事に慣れていくのは辛いことかと思った。

  そうか。僕も変わったんだ。

  その後、僕の両親が迎えに来てくれた。

-----続く


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