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人を救うのも人、傷つけるのも人: 「Come From Away」

旅だった者に敬意を。その中での邂逅に祝福を。
We honor what we lost... but we commemorate what we found.

2001年、9月11日。世界同時多発テロの朝、空にあった数多の機体は、即座に付近の飛行場に不時着するよう誘導された。その中の一つが、カナダにあるニューファンドランド島ギャンダース町の空港だった。

一昔前には燃料補給地として広く活用されていた為、飛行場が大きく、不時着地として適していたのだ。だが、燃料補給が不要な大型機の登場で、1日4便しか立ち寄らなくなって久しい住民約9000人の小さな町に、計38便、乗客約7000人、世界のあちこちからの、あらゆる国籍の人々が避難することとなる。

住民は一丸となって、できる限りの支援を行う。無料電話の設置、インターネット利用ができるパソコン、薬や着替えの手配、食料の炊き出し。

英語ができない人も多くいる中、「他言語であっても聖書の教えは同じ」と気付き「汝、心配することなかれ」という聖書の一節を、章と節の番号で示し、相手を安心させようとする男性。(ピリピ4-6、「何も思い煩わないで…」が近そう。)

イスラム系というだけで周りに警戒され、毎日のお祈りすらままならなくなりつつある男性に「今なら図書館が空いているわ」と声をかける女性。

公民館や学校などで雑魚寝を続ける人たちの息抜きにと、バーベキューを企画したり、バーを会場に飲み会を開いたりもする。

そんな温かさに触れ、恐怖で疑心暗鬼になっていた人々の心は、少しずつ緩んでいく。自分の心の声にも気づく。自分にとって何が大切なのか。自分はどういう人間なのか。これからどうしたいのか。

不時着した旅客機の女性機長のエピソードにびっくりした。

8歳の頃から飛行機に憧れ続け、まだまだ女性がCA以外の役職につくなんてありえない、と言われ続けたご時世に、ご遺体を運ぶフライトで機長デビューを彼女は果たす。その後も昇進を重ね、アメリカン航空の初女性機長となり、さらには初のオール女性クルーを率いるに至るという歌詞の、どこまでが事実でどこまでが脚色なんだろう、と思って後から調べたら、全て実話だった。

大好きな飛行機が... 自爆の道具として使われてしまった

航空業界の誰もが、同じ思いを抱いただろう。否が応でも、特攻隊も連想してしまう。当時の気持ちがぶり返した。

5日間の避難生活後、旅客機はそれぞれの予定地に帰っていく。その最中、イスラム系の方々への差別的なセキュリティチェックも描写される。みな、同じように不安な5日間を過ごしたはずなのに、彼らにだけ、新たな疑惑の影が降る。9/11以降、その差別は今なお顕著に存在する。

たった5日だけれど、町の人々も、乗客も、何かが変わってしまった。

キャスト全員、乗客とギャンダー市民をダブルで入れ替わり演じる群像劇。それをきちんと成立させている演出家、天才かよ。

役者の見た目が全員「普通の人」なのも、地続き感を出していた。この人達の物語は、たしかにこの世界の体験なのだ。

我が社は9月11日を毎年休日にしている。その日は、社員全員に100ドル渡し、思いつきで何か「善いこと」をしてこい、とだけ指示している。これが僕なりのご恩返しだ

台風や地震のような自然災害のメタファーや、難民問題へのパラレルも感じた。

人を深く救うのも、傷つけるのも、やはり人だ。

年末、各地へと帰省する人、旅行へ出る人、様々な理由で飛行機に乗る人がいるだろう。

どこへ行くにしても、行かないにしても、みんなの向かう先が温かでありますように。笑顔になれない人もいつか、笑顔になれますように。

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