ゆとりの最前線

教員五年目。一番興味を持って取り組んでいるのは道徳科の授業。思ったことをや感じたことをつらつらと書いていこうと思います。考えたことと言っても一人で考えたことなのでガバガバなところは多々あるとは思いますが悪しからず。

親がよくやる「通知表でAを何個取ったら、ご褒美あげる」というは、いわゆる外発的動機付けという。ご褒美はあくまでもよく頑張ったねに対して大人からの物というフィードバックであって、それが欲しいなら頑張りなさいはあまり意味を成さない。

某市は、学力テストの結果を教諭の給料に反映させるとのこと。一律の基準での、先生のメイン業務である授業の成果を見ようとするもの。とはいえ、テストはあくまでもテストであって、本質の一部でしかない。印象としては、「結局学力だけかよ・・・」という感じ。

道徳科での主体的で対話的で深い学び③

前回の記事では学びの形態のうちの三つについて考えました。今日の記事はその続きになります。 ⑦主体的でなく対話的でないが深い学び  主体性はなく、対話もないが学び...

小学校では、研究教科が校内で決定されて、それに従って研究が進む。そして、二年間毎に研究紀要というものを作るが、しっかりと研究がされたものかそうでないかは学校によってかなりの差がある。全ての市の小学校?に配るので、膨大な量の紙が必要になる。研究の蓄積が本当に活かされるのかは謎。

前にも勤めていた学校の公開授業を参観する。受け持っていた子どもたちが頑張っている姿のなんと素敵なことか!外から見てると本当に可愛い。そして、叱らなくていい。

道徳科での主体的で対話的で深い学び②

昨日の記事では8通り考えられる、学びの形態のうちの二つについて考えました。今日の記事はその続きになります。 ④主体的であるが対話的でなく浅い学び  主体性はあるけ...