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【おすすめ本】異世界落語7/朱雀新吾

 異世界に救世主として、召喚されたのは、落語以外には何もできない噺家、楽々亭一福だった。

 異世界召喚ものは、よくあるが、落語という選択が面白い。

 異世界の文化と落語世界(江戸)の文化を、いかにして重ね合わせるかというあたりは、異世界コミニュケーションとしても面白い。

 もちろん下敷きとなる落語が面白いのだから、あとはそれを物語にどうからめるかということが鍵となる。

 ここが、この物語の面白いところで、第5巻までは、楽々亭一福は、形だけの主人公で、物語は淡々と進行していた。
 一福はラノベにありがちな無双ではなく、それどころか戦いもせず、淡々と落語をするだけ。
 いつの間にか周りが動き出して、問題が解決しているという風にして話が進んでいく。

 最初は、一福を召喚した国の問題を結果的に解決し、さらには召喚した国の敵国に一福がとらえられるのだが、そこでも、やはり問題を解決していく。
 ただし、一福は特に問題を解決しようという気はなく、ただ落語をするだけだ。

 その意味で異世界での落語の面白さについて、十分に楽しめた5巻までだったが、その反面、噺家の一福の、どことなく浮世離れした面白くないキャラクターが、少し気にかかっていた。

 一転、6巻で、一福の過去が明らかになるとともに、そのキャラクターの浮世離れ感こそが、一福なのだということが明らかになり、途端に人間味をおびてきた。
 過去にとらわれていた一福が、現在から未来に向かうというところを受けての第7巻、本作である。

 思えば、様々な問題は数多くあったのだが、それを落語で受け流してきた一福。
 しかし、落語は道具でなく、己自身の生き方そのものであった。
 それを受け入れた時、異世界は浮世でなく、現実となり、そこで何をすべきか、という問いになる。
 と言っても、一福はやはり、落語をするしかないのだが。

 そう、この7巻までは、壮大なる序章であり、いよいよここから一福という噺家が、異世界に能動的に関わることになるという宣言する、そういう巻であった。

良いも悪いもひっくるめて、業も罪も罰も呪詛も呪いもすべてを笑いに変えるのが、落語なんだよ

 一福の、その言葉が、これまでの物語を締めくくり、新しい物語を提示する。

思い出すのは坂口安吾だ。
彼は「FARCEに就て」でファルス(道化)とは

人間ありのままの混沌を永遠に肯定しつづけて止まないところの根気のほどを、呆れ果てたる根気のほどを、白熱し、一人熱狂して持ちつづけるだけのこと

などとしたが、まさにこれこそ、上の一福の宣言と、重ならないだろうか。
 人間の全てを、ただただ笑いとする。根本的な問題は解決しないだろう。なぜなら、その混沌こそが人間であるのだから。

 解決しないならば、笑い飛ばすしかないではないか。
 さて、これから、一福がどのように異世界を笑顔に変えていくのか、続編が楽しみだ。

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