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脱成長コミュニズムを目指す,人新世の「資本論」

気候変動による危機から人類を救うのは「マルクス主義による脱成長」だと? いまさら何を言ってるんだ? この著者は...そのような批判を覚悟して書かれたのが本書「人新世の「資本論」」である.

人新世の「資本論」
斎藤幸平,集英社,2020

目指すのは「脱成長コミュニズム」であり,その柱は5つあると著者は言う.

  1. 使用価値経済への転換
    「使用価値」に重きを置いた経済に転換して,大量生産・大量消費から脱却する

  2. 労働時間の短縮
    労働時間を削減して,生活の質を向上させる

  3. 画一的な分業の廃止
    画一的な労働をもたらす分業を廃止して,労働の創造性を回復させる

  4. 生産過程の民主化
    生産のプロセスの民主化を進めて,経済を減速させる

  5. エッセンシャル・ワークの重視
    使用価値経済に転換し,労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視を

まず,「使用価値」を「価値」と区別する必要がある.マルクスによれば,「富」とは「使用価値」のことであり,それは空気や水などが持つ人々の欲求を満たす性質である.一方,「財産」は「価値」の合計であり,それは貨幣によって測られ,それを増やすことが資本主義的な生産の最優先事項である.資本主義では,商品が人々に必要とされているかどうかよりも,商品が高く売れるかどうかが重要視される.つまり,商品の「価値」を重視し,「使用価値」を蔑ろにするのが資本主義である.

ChatGPTによる説明

著者は,資本蓄積と経済成長を目的とする資本主義に終止符を打ち,まったく持続可能でない大量生産・大量消費をやめて,「使用価値」を重視し,経済を減速させなければならないと説く.批判の矢面に立つ大量生産・大量消費を是とする様式は帝国的生活様式と呼ばれる.日本人の生活様式もこれだ.そのような帝国的生活様式を続けたいがために,グローバル・サウスに負担を押し付け続けようというのが現在の先進国であり,そこで無自覚に生活している人々である.

技術を進歩させれば問題は解決されるとか,経済成長を続けながら気候問題は解決できるとか,グリーン・ニューディールだとか,そんな戯れ言を言っている余裕はもはや人類にはない.それが著者の立場であり,真の解決策は「脱成長コミュニズム」だと言う.

共産党宣言や資本論には現れていない晩年のマルクスの思想が,現代の地球規模の課題を解決する鍵であり,我々が帝国的生活様式を改め,資本主義から脱し,より人間的で潤沢な暮らしを可能にするはずだとされる.今,人類が目指すべき社会の姿が「脱成長コミュニズム」だという.

そうでなければ,「脱成長コミュニズム」を実現できなければ,危機管理に失敗して為す術のなくなった人々は,強権的な「気候ファシズム」が支配する不平等な社会にすがるか,あるいは,同じく強権的な「気候毛沢東主義」に支配されるようになる.そこに民主主義はなく,自由もない.しかし,何かしらの統治が行われていればまだましで,気候危機が人類に大打撃を与えるようになれば,もはや秩序は失われ,人類社会は「野蛮状態」に後退する恐れがある.その瀬戸際まで既に追い込まれているにもかかわらず,何を寝言を言っているのか,というのが現状である.

多くの人々を貧しくし経済格差を増大させた新自由主義を終わらせるべきである.そのために必要なのは「反緊縮」であるが,貨幣をばら撒くだけでは,新自由主義に対抗することはできても,資本主義に終止符を打つことはできない.共有財である<コモン>の復権による「ラディカルな潤沢さ」の再建こそが,脱成長コミュニズムが目指す「反緊縮」である.そのように著者は指摘する.

なお,著者が目指す「脱成長」は,資本主義と新自由主義を終わらせ,経済格差をなくし,労働者が生産手段を取り戻し,社会はコモンを大事にすることを想定したものであり,資本主義を前提にしているにもかかわらず経済成長に失敗したようなものは「脱成長ではない」とぶった切っている.日本は世界に先駆けて「脱成長」しているわけではない.

ともかく,資本主義を温存したままの如何なる取り組みも気候危機を解決できない.資本による支配を終わらせ,脱成長を実現しなければならない.このことが本書では訴えられているが,最終章では,世界各地で起きている,そのような動きが紹介されている.希望が持てる話だ.いずれも日本ではあまり取り上げられていないように思うが,日本でも海外有志と連携した取り組みが広がるといい.今のままでは野蛮状態になる未来は避けられそうにない.そのような暗い未来を避けるためには,一人一人の行動あるのみである.

いや,しかし,令和の世にマルクスに戻るとは思ってもいなかった.

目次
はじめに―SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章 気候変動と帝国的生活様式
第2章 気候ケインズ主義の限界
第3章 資本主義システムでの脱成長を撃つ
第4章 「人新世」のマルクス
第5章 加速主義という現実逃避
第6章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
第7章 脱成長コミュニズムが世界を救う
第8章 気候正義という「梃子」
おわりに―歴史を終わらせないために

© 2023 Manabu KANO.

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