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1人目の子が歩くようになり、言葉も少しずつ喋るようになってきた。

そしてよく笑う。

日に日に成長していく様が見て取れ、親としては楽しさと期待で胸が膨らむばかりだ。

そんな中、更に胸を躍らせる出来事があった。

2人目の妊娠だ。

子供は2人は欲しいなと思っていたので、事が思い通りに進んでいることに充足感を感じずにはいられなかった。

男の子かな、女の子かな。名前は何にしよう。次の病院はどこかな。

1人目の時にいろいろと知識も得ていたこともあって、自然と「段取り」が頭に浮かぶ。

ある日、

「ダメだったりしてね」

と妻が言った。あまりにも笑えない冗談だ。

妊娠初期でもあるし、期待もあるが不安も大きいのだろう。

でも軽はずみにそんなこと言ってはならない。そう言って諭した。

日に日に変わる妻の味覚。リクエストがある度コンビニへ行き、少しでも期待に応えることができるような食材を調達する。

そんな日々もまた楽しかった。

迎えた3ヶ月検診の日。あいにく出張が重なったため妻1人に受診をしてもらうことにした。

まあすぐに終わるだろう。1人目が順風満帆に産まれ育っていることもあってか、まるで役所の手続きのように考えていた。

これから電車に乗ろうとした正にその時、妻からLINEが入った。

「心臓が動いてないって」

どういうことかはすぐに理解できたはずだが、それができなかった。

理解することを受け入れられなかったのだ。

タイミングを見てすぐさま妻に電話をかけた。泣きじゃくっていた。

病院で宣告された時は気丈に振る舞ったそうだ。それでも涙が止まらなかったという。

1人になって喪失感でいっぱいになったその感情を電話越しにぶつけられた自分は、何も言ってあげられなかった。

何と声をかけてあげるのが正解か、どう考えても分からなかった。

出張中も、少し時間ができると頭にそれがよぎる。かき消すかのように作業に没頭した。

自分がこうであるなら、妻はもっと辛いはずだから。今やれることはきちんとやってのけよう。

そうい自分に言い聞かせながら。

それから1月経ち、母体から摘出するため病院へ行くことになった。1人子供がいるから、私はそちらの面倒を見て、病院での手術は妻1人に任せることとなった。

夕方頃、妻が家に戻った。

以外にも簡単に手術が終わったこと、術後は吐き気と戦ったこと、病院のスタッフから言われたことなどを共有したが、意外にもその表情は明るい。

どこかすっきりしたのだろう。

そんあ妻をよそに、慣れない子守に疲れ、頭も痛んでいたこともあって気づくと私は寝てしまっていた。

のちにこの頭痛が、自分の身を蝕んでいたことに気づくことになるのだが、この時はただの疲れだとして片付けた。

2時間くらい寝ただろうか。妻が激しく私を起こそうとする。

眠気でいっぱいの私はそっけない対応を取ったが、やがて妻が泣き出した。

これまで、強がっていただけだったのだ。

不安と恐怖と戦い、喪失感でいっぱいだった妻に、私は気づいてあげることができなかった。

本当に情けない。そして、何も気の利いたことなどしてあげられない。そんな自分がつくづく嫌になった。

今下の子は、戸籍上は2人目の子供だが、うちの家族としては3人目の子供として認識している。

あの時のことは忘れない。忘れられない。

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