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小鯵のきずし


終業式が終わった後の学校から家までの道のりは長い。

私の実家は小学校からはさほど離れた場所にあるわけではないが、夏休み目前の最終日となるといつもの倍近くの時間を帰宅に要していた。理由は至って簡単だ。馬鹿だからである。

この最終日に備えてクラスメイト達が計画的にコツコツと荷物を持ち帰る中、家が近いからとそれをしなかった。宿題とリコーダーが詰められたランドセルを背負い、首からぶら下がった水筒とピアニカが交互に揺れている。ここからさらに追い打ちをかけるのがアサガオの鉢だ。水を吸った土は重い。青空に似合いの鮮やかな夏の花とは対照的な渋い顔。
見かねた友達が何か持とうかと聞いてくるが応じる訳にとはいかない。これが自己の怠慢が招いた地獄だということは理解していたのだ。惨めだ。

なんとか歩き続けること数分。家の前で私の帰りを待つ祖母の姿が見える。祖母は毎日孫の帰りを家の前で待っているわけではなく、この日は特別だ。きっと自分の孫が馬鹿だということをよく知っていたに違いない。

「おかえり。ようがんばったね。冷蔵庫に冷えたきずしができとるから、はようおあがり。」

きずしとは酢で締めた魚のことで、関東の方ではしめ鯖と呼んでいるものに近い。基本的にはやはり鯖が一般的のようだが、我が家では小アジを使うのが定番である。レシピは以下の通り。

〈材料〉小アジ7〜10匹分
・昆布 20cmくらい    ・小アジ 七匹
・お酢 200ml                  ・砂糖 大さじ四杯程度
・塩  小さじ一杯程度 ・醤油 小さじ一杯程度
・生姜 ニセンチくらい ・レモン 大きめ半分
・甘酢に漬けたいお好みの野菜

まずはお酢200mlに汚れを落とした昆布を入れておき、アジを3枚に卸す。卸したアジに塩を振り30分程度置いておく。

へたくそで恥ずかしい

30分経つとお酢(分量外)でアジの塩を洗い流す。
昆布が漬かった200mlのお酢の中に砂糖、醤油、塩を入れる。砂糖や醤油の量はお好みで調節して甘酢を作る。
トレイにアジを並べて甘酢を流し入れ、レモンや刻んだ生姜、浸かっていた昆布を並べる。

庭で採れたオレンジ色のミニトマトを入れました。

魚が空気に触れない様ラップをかけ、2時間ほど漬けたらできあがり。ほら、美味しそうでしょう。

完成!

夏の温度で結露した麦茶のグラスを一気に飲み干すと、
トレイの中から箸で魚を掬い上げる。一枚、二枚、三枚…

「これこれ、その辺にしておきなさいな。また晩に食べれるんだからね。」

口に入れると爽やかなレモンの香りと、さっぱりとした甘酢に包まれた鯵のうまみが広がる。

うーん、美味しい。真夏の暑さでも、これなら何枚だっていける。

おいしいものを食べている間は全てがすりガラスの向こうに霞んでいってしまう。投げ捨てたランドセルの中にある膨大な量の宿題、何も決めていない自由研究、仲直りしたばかりでちょっとぎこちないあの子とのこと…。

大人になり、この時期になると毎年、せっせせっせと小アジをさばいてゆく。夫は喜んでくれるだろうか、2歳の娘はちょびっとでも食べてくれるだろうか。
トレイへ注ぐ甘酢と共に頭の中に蘇る、
私の、汗で額にぺっとりと張り付いた前髪を掻き分ける祖母のしわだらけの手。

「そうかいそうかい。ばあちゃんの作ったきずしは美味しいかい。」
今は亡き祖母の優しい記憶。

ばあちゃん、あれから私は、ずいぶんと大きくなったけど、これ、お酒にすごく合うんだね。知らなかったなぁ。

#このレシピが好き


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