子のあたまの匂いを嗅ぐ / 祖母について
「ばあばが、昨夜お星さまになりました。」
母から、祖母が亡くなった旨のメッセージが届いて、もう何日が経っただろうか。
親族の中で1人遠方に嫁いだ私は、祖母の葬式に参列する事もなく、彼女が長い人生を終えたことについて、未だに実感が湧かないでいる。
私が東京に住み始めた頃から足腰が悪くなり、コロナ禍で会えないうちに、祖母はどんどん弱っていった。
そのスピードはゆっくりに見えてとても早かった。
春に何年かぶりに帰省した際、病院の面会室でリモート面会をした。
母のことも、姉のことも、きちんと認識していた。
姪や甥のことだって、『上の子の子供たち』ときちんと解っているようだった。
やがて祖母の視線は、私と娘に注がれた。
「あなたたちは、だあれ?」
祖母はとても不思議そうに言う。
母が、「下の子よ、あひると、その娘。」と言うと、
「そんなはずはない」と言う。
「だって、あひるちゃんは、、ついこの間、幼稚園の参観日だったでしょう、早く遊びたいからって、給食をたくさんお口に詰め込んで、お友達に笑われてた、だって、あひるちゃんは、まだ…」
どうしたことか、大人になった姉や、孫の姪甥はわかっていながら、私が大人になった姿をまったく理解していなかった。
祖母の中の私は、いつまでも幼稚園の制服を着た、小さな、小さな、女の子の姿のままー・・・
涙が溢れそうになるのを、鼻先でぐっと堪えて、愛想笑いをした。頭に入ってきたのは、娘がミニカーで遊ぶ音だけだった。
祖母は最後に娘を見て、
「どなたか知らないけれど、かわいい赤ちゃんね。」と微笑んだ。
私が見た祖母の最後の姿だった。
祖母の記憶に残っている、まだ幼稚園児だった私。
逆に私は、その頃の祖母について、あまり憶えてはいない。
祖母の人生はどんは形をしていたのだろう。
目を閉じて祖母の手の感触を思い出す。
膝枕に預けた私の頭に触れる、温かい手のひら。
私の中の、小さな小さな頃の私は、まだ胸の中に感触だけが残っている。
なにか話しかけられている気がする。でももううまく思い出せない。
泣いたのは久しぶりだった。
梅雨が明け、寝室には生暖かい風が吹いている。
私は娘のあたまの匂いを嗅ぐ。
彼女もこうやって、母のあたまの匂いを嗅いだだろうか。
汗と頭皮の匂いと、ほのかな石鹸の匂い。
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