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雪下出麦 ‘24

『おかあしゃ、こえ、たびたぁい』
最初に娘が指さしたのは紛れもない大トロであった。
私と夫は黙って小さな指の差す方向を見ている。
元旦の昼。正月特番の音だけが響いている12畳のリビングは、かえってとても静かなように感じられた。

刺身を食わず嫌いする娘のために、大皿寿司のほかにも納豆巻きを買っていた。
それにもかかわらず彼女は初めて握りを食べたいと言い始めたかと思いきやまさかの大トロをチョイス。

小さく切られて皿に置かれた大トロは脂がきらきら輝いていて、うっとりするようなピンク色がとても艶やか。
彼女は問答無用にパクっと口に入れ、『うま』『おかわり』
またパクっと口に入れ『うま』『おかわり』
たった4巻しかなかった大トロを全て食べ、
ちょっと脂がきつかったのか、
『もういなない ごちそぅさまでした』と言い残し
ヒョイとベビーチェアから降りて、寝そべってパズルの続きをやり始めている。
少し成長を感じられた刺身食わず嫌い克服も、綺麗に大トロだけ無くなった寿司桶を前に、夫婦でなんとも言えない顔になっていた。

2歳8ヶ月。
大きくなったな。とはあまり思わないけれど、体が、長くなったな。。。とは思う。

大晦日12月31日から1月4日までの間は、七十二候でいうところの雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)。
冷たい冬空の雪の下から、麦の芽が顔を出す。
そしてちょうど半年後の麦秋至(むぎのときいたる)の頃に収穫を迎える。らしい。
冷たい大地の中で芽吹いた命が麦穂となりたわわに実るとき、私はどんな顔をしているだろう。

近い未来なのにとても先のように感じるのは、頬に触れる冷たい風が、霜が降りた枯れた草地が、私の顔を覗いているかのような椿の花が、まだ夏の暑さを忘れさせてくれているからだ。

1歳の頃はあんなに保育園に行きたがらなかった娘は、この頃教室に入ってしまえば一度も振り返らない。
毎日毎日、気づかないくらいな小さな成長を積み重ねて、彼女も少しずつ成長している。



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#note書き初め

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