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水を得た魚

「水を得た魚」とは、その人に合った環境で生き生きと活躍するさまを意味することわざだ。

魚は水がないところでは思うように動くことが出来ず、バタバタともがくだけですぐに息絶えてしまう。
そうやってもがいている魚でも、再び水の中へ入れてやれば一気に回復し、スイスイと泳ぎ始める。

人も同じように、自分に合った環境に出会うととつぜん人が変わったように生き生きとし始める。そうなれば、誰にとってもラッキーだ。

さて、「水を得た魚」の読み方だが、「みずをえたうお」である。
「みずをえたさかな」だと思っている人、結構多いのではないか。

魚(さかな)は元々「酒菜(さかな)」と書き、酒のつまみを意味していた。
その時代に魚類全般が、「うお」と呼ばれていたためだ。

そういえば「水を得た魚」は英語でも、“a fish in water”と表現する。
● He started talking like a fish in water.
   (彼は、水を得た魚のように話し始めた)

万国共通のことわざというのも珍しい。そのぐらい、普遍的な概念という事だろう。

私も「漬け丼社長」を名乗るはるか以前、まったく違う分野で活動していた。
頭を使うよりも身体を酷使するその世界で、 自分なりに「水を得た魚」のつもりでいた。楽しかったし、人から評価される成績を残したりもした。

気がつけば経営者へと立場は変わり、ことわざは現実に、「水を得た魚」を扱う商売に変わっている。

天より授かりし、漬け丼人生。今後も生き生きと豊饒なタレの海を、泳ぎ切っていけるように願っている。