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「希望」と「正義」と

あんたの中にも愛国心ってもんがあるかい?

俺がガキンチョのころ、学級文庫として唯一マンガがおいてあった。泣く子も黙る原爆漫画の金字塔。「はだしのゲン」だ。

このマンガのインパクトって言ったらないよな。
なに?読んだことない。
まあ、読んどけ。損はしないと思う。

で、このマンガ、そのインパクトは小学生の俺にとってすごすぎた。
何しろ、天皇陛下に戦争で起きた様々な悲劇の責任がある!とか思っちゃったもんよ。

もちろん、歴史を紐解いておけばそんな訳あるかってなるし、そもそも戦争責任って何よって話なんだけれどさ。

でも、今という時代ではこの「はだしのゲン」で非常に醜く描かれている「愛国者」ってやつが逆に良いってするヒトも一定数いるって世界観になっているように感じたりしないか?

今回はこの愛国って言葉の表と裏について考えてみる回だ。

まあ、あれだ。

右だの左だのって話じゃなくて、その心の動きってやつを一緒に考えてみようぜ。

祖国の英雄

なんで今回、そんなきな臭い話を書こうって思ったかってところから書いてみよう。

昔、こんな記事を書いたんだよね。

コートジボワールという国のサッカー選手にドログバという人物がいる。

このヒトが2005年にコートジボワールがワールドカップ出場を決めた試合の直後にこんな事を言っているんだよ。

「コートジボワール国民の皆さん 今日ワールドカップ出場という共通の目標のもとコートジボワールの様々な民族が共存してプレーできることが証明されました。歓喜によって人々は団結できます。今ここでひざまずいてお願いします。どうかお願いです!お願いです!豊かなコートジボワールで内戦が起きるのは許されません。武器を捨ててください。そして選挙をしましょう。それですべて良くなるはずです。」
出典:http://erabu.cocolog-nifty.com/erabu/2014/06/69-47d2.html

上のnoteを書いたときにも痛く感動したもんだけれど、今考えてみると、このスピーチって愛国って言葉の表を表現している感じがしたんだよね。

アメリカに響く言葉

ドログバさんの名スピーチを聞いて、あんたはどう思った?
たしかに素晴らしいスピーチだ。
心の奥底にまで響くなにかがあるよな。

でだよ。同じく愛国って言葉に通じる行動だと思うことが今、米国で起きている。

いや、状況が違うだろって話は分かるよ。
これはデモであって内戦じゃないし、アメリカは自由の国なんだから。

でも、どっちも国を憂いての行動だってのは同じだと思うわけだよ。

でね?そう言う共通項を感じつつ、ドログバさんの言葉は俺に感動をくれているのに、このデモにはきな臭さを感じてしまうのか?
そいつを考えてみたいわけよ。

この記事の中でこんな表現があったんだ。

参加した女性は「今回の抗議デモはこれまでとは違う。幅広い人たちが連携して声をあげるために出てきている。正義がもたらされるまで活動はやめない」と話していました。
出典:上記NHKニュース

でたよ。正義だよ。

俺たちは最近のニュースでこの「正義」ってやつがびっくりするくらいに暴力につながりやすいってことを学びまくっているじゃんか。

ドログバさんのスピーチにはこの「正義」って言葉が出てこない。
感じられるのは正義ではなく団結という「希望」だ。

この2つが俺の中で決定的な違いとして感じられているってことなんだろうな。

ではこのデモをしている人たちはどうやればアメリカの人々に感動を持ってこの悲劇を改善するっていう希望を伝えられるんだろう?

「黒人差別イクナイ!」

そう言う代わりの言葉。

実際問題、俺たち日本人はこの人種差別って感覚が肌感覚としては持ってないんだよな。
………いや待てよ?

あるじゃンか。はだしのゲンに!
在日韓国人の朴さんへの差別って話が!

あれか。あの感覚なのか?

だとしたら、今の俺にひねり出せる言葉ってなると、こんな感じか?

「黒人も白人も黄色人も『あなたたち』ではない。
黒人も白人も黄色人も『私たち』になれるはずだ!」

なあ、あんたはどう思う?

俺たちは「正義」の代わりに「希望」を語っていけると思うかい?

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