日本語教師の多様な働き方を考える ー実践編 その②ー
ここのところ「日本語教師の多様な働き方を考える」というテーマで書いています。今回は、実践編「その②」として、カンボジアで行った技能実習生のための日本語教育について書きたいと思います。
これまでのおさらいです。
2024年4月1日から「日本語教育機関認定法」が施行されるのを受けて、まず、「おさらい編」として、今、業界で起こっている変化を簡単にまとめてみました。
前回は、実践編「その①」として、国内の福祉施設で働く介護の技能実習生の日本語教育について書きました。
今回は、日本での就労を目指す外国人のための、海外における日本語教育です。
ここで「実践編」として紹介している就労分野の日本語教育は、「日本語教育機関認定法」の枠組みにないものばかりです。
しかし、実際に関わってみて、この分野にこそ、質の高い日本語教育が必要だという思いが強くなっています。奇しくも、新しい技能実習制度の提言もありましたので、その点についても最後に触れてみたいと思います。
ということで、実践編「その②」です。
技能実習制度の概要
まずはじめに、海外から技能実習生として日本へ来る場合、どのような流れになるのかを簡単に説明しておきたいと思います。
「技能実習」というと、あまりいい報道がされておらず、ネガティブな印象を持っている人も多いと思います。1993年に創設された「研修・技能実習制度」が元になっているのですが、改正に改正を重ね、現行の制度になっているため、制度自体が複雑化しており、非常にわかりにくくなっています。
技能実習制度の主なルートを簡単に図にすると、以下のような枠組みになっています。
海外にある「送出機関」と、日本国内にある「監理団体」が業務提携し、技能実習を希望する候補生を日本の企業へ取り次ぎます。「送出機関」も「監理団体」も、それぞれの国の政府から許可を得ている機関です。
海外にある「送出機関」が、候補生の募集、選抜をします。その後、日本国内の監理団体を通して、実習生の受け入れ企業(実習実施機関)へ紹介するという流れです。実習生は、受け入れ企業と雇用契約を結びます。
実習生は、来日後、受け入れ企業で実習を始める前に「入国後講習」を受けることが制度上、定められています。「入国後講習」は、監理団体が行います。「入国後講習」を受けてからでないと、受け入れ企業で実習(働くこと)はできません。入国後講習の内容は以下のように定められています。
日本語
日本での生活一般に関する知識
技能実習法や労働基準法などの知識や法令違反を知った時の対処法など
講習時間も定められています。基本的には、320時間、2ヶ月以上です。ただし、送出機関が、160時間、1ヶ月以上の講習(入国前講習)を行っている場合、入国後講習は、半分の160時間でいいとされています。
今回、私が関わったのは、送出機関が行う「入国前講習」(160時間1ヶ月以上)のプログラム構築です。
日本語学校設立
この仕事では、カンボジアの若者への機会創出のため、カンボジア国内で日本語学校を設立したいというオーナーの熱い想いに共感し、学校のプログラム構築を請け負いました。
時期は、2021〜2022年という新型コロナウイルスパンデミックの真っ只中で、国も鎖国政策をとっていたことから、現地では、全く動きが取れませんでした。その分、ゆっくりと時間をかけてプログラムを練ることができました。
対象は、日本で働くことを希望している若者です。カンボジアの若者にとって、「留学」は、学費等の経費支弁が必要になるため、金銭的にかなりハードルが高い選択肢です。また、「特定技能」は、入国前に「JFT-Basic(日本語基礎テスト)」という日本語試験への合格が課されるため、継続的な日本語学習が求められます。となると、十分な資金がなく、日本語学習の経験もない人にとっての選択肢は、技能実習になります。
オーナーと意気投合した点は、カンボジア国内の日本語学校で、日本語習得に留まらない、質の高いプログラムが提供できれば、技能実習制度を通して、個々の将来のキャリアにつながるチャンスを作ることができるのではないかという点です。
監理団体が入国後講習でどのような教育を行っているかは、あまり公開されておらず、その実態ははっきりしません。しかし、実際に日本で働く技能実習生を見ていると、その日本語学習は、「語彙や文法を覚える」「日本語能力試験(JLPT)に合格する」などが目的化しており、日本語学習の意義が十分に理解されているように感じませんでした。(私が知らないだけで、質の高い教育を行っている監理団体ももちろんあると思います)
さらに、「学ぶ」ことに対して受け身であることも多く、来日後、十分な日本語学習機会がない実習生に、入国前の段階で何かできないかと考えていました。
学校の理念
この点については、日本語学校のオーナーも同様の考えを持っていました。当時、鎖国がなかなか解かれない状況で、時間もたっぷりあったことから、「どんな学校にしたいのか」を徹底的に議論しました。
カンボジアの場合、十分な教育機会に恵まれなかった人も多く、そのような人に教育のチャンスを与えたいというオーナーの強い希望もありました。最終的に、学校の理念を「カンボジアの未来を担う己(co)を育てる」という方針にしました。
この後は、コース設定や学習期間、学習時間数などを詰めていきました。さらには、どんなことができるようになって欲しいのかを、カンボジアの現状や日本へ来てからの就労の様子などを加味しながら考えました。
大枠が決まったところで、ここからは主に私の仕事になります。
プログラム構築
オーナーとの議論も反映させ、コース目標を以下のようにしました。
基礎的な日本語表現を理解し、使うこともできる
自分に合った学び方を見つけ、自律的な学習者になる
「入国前講習」の160時間という時間数を加味すると、目指す日本語のレベルは、「日本語教育の参照枠」のA1レベルが妥当であると考えました。当時「日本語教育の参照枠」は、有識者会議で検討している真っ最中でした。そこで、CEFRも参考にしながら、A1レベルで学ぶべき学習項目をピックアップしていきました。
中心となるトピックは、以下の4つに絞りました。
日本語の基礎
私のこと
日本の生活
お金
ただ単に、日本語を学ぶだけでなく、これらのトピックを通して、自分のことが話せるようになったり、日本の生活に必要なことを学んだり、お金について考えたり、さらには、将来の計画も立てられるように設計しました。
これらのトピックに合わせ、必要な学習項目を拾い出し、シラバスを考えました。特に、メインとなるテキストは設定しませんでした。A1レベルの日本語であれば、ネット上にいくらでも教材があります。スマホを使って、必要なものを自分で探し出すくらいできた方が、「自律的な学習者」になれると思いました。
また、シラバスに合わせて、学習評価表も作成しました。これは、主に、受け入れ企業に提示することを目的としたものです。日本語能力試験(JLPT)のN5レベルのような指標では、その人が何を学び、何ができるのかは、外部から見てよくわかりません。
それよりも、企業の担当者から見て、候補生の取り組みの様子、何を学んだのか、何ができるようになったのかがわかるようにすることが重要だと考えました。実際、この評価表は、企業側から大変好評でした。
プログラムの詳細については割愛しますが、「日本語教育の参照枠」に沿った「就労」分野の教育課程(A1レベル:160時間)としても、十分通用する内容ではないかと思います。
プログラム実践
2022年3月にようやく鎖国状態が緩和されることになり、カンボジアの日本語学校も動き始めました。実際にスタートするまでは、紆余曲折ありましたが、2022年6月に、ようやくクラスがスタートしました。
私は、日本からプログラムマネージメントと教師養成を行いながら、現地の教師がクラスを運営するという形で運用しました。大変優秀な教師にも恵まれ、ワクワクするようなクラス運営が行われていました。
「入国前講習」の大きな利点は、媒介語を使用して、母語で考えたり、議論したりすることができる点です。媒介語ができる現地の教師は、クラス運営で大きな役割を果たしていました。学習者でもある教師自身が、学びのリソースになります。
現地でクラスの様子を見たオーナーが、「テキストがなくても授業って成立するんだね」と言っていたのが印象的でした。
クラス運営について、詳細はまた別に書きたいと思いますが、プログラムをしっかり構築することによって、単なる日本語習得にとどまらない、将来のキャリアにつなげられる教育ができるという手応えを感じました。
今後の技能実習制度
2023年11月24日に行われた第16回「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」では、最終報告書(案)がまとめられ、11月30日、新たに「育成就労制度」を設けることを柱にした報告書が、法務大臣に提出されました。
この内容については改めて書きたいと思いますが、日本語教育の必要性についても、しっかり盛り込まれていました。就労開始前の講習として、
と明記されています。
今回、カンボジアで実践したプログラムは、就労開始前の講習に置き換えても、有効なプログラムになると思っています。「日本語能力試験N5」と書かれていますが、試験の合格率で日本語教育の有効性を評価するのではなく、プログラムの中身を吟味する方向に進んでほしいと願っています。
報告書では、「認定日本語教育機関」についても触れられていますが、これは、日本国内の機関に限られます。入国前に送出機関が行っている「入国前講習」については、どんなに「日本語教育の参照枠」に沿ったプログラムを組んでも、試験の合格率でしか判断されないのではないかと、これもまた懸念材料の一つです。
そして何より、教育にはお金がかかります。技能実習生が日本に来る前に、多額の手数料を支払っていることが、問題視されていますが、手続きに必要な大量の書類作成や仲介業務、教育などの経費を考えると、それなりの費用が発生します。いくら質の高い教育を提供したいと思っても、運用資金がなければ、持続可能なものになりません。
人手不足が原因で、事業が継続できないという状況が発生しつつある今の日本において、「安い人材を供給する」「人を安く使う」ための制度ではなく、「人に投資をする」という認識が必要だと感じています。「人材投資」という認識を持つ企業がもっと増えなければ、新しい制度に変わったとしても、今後、海外での人材確保は難しくなるのではないでしょうか。
以上、今回は、技能実習生を対象とした「入国前講習」について書きました。実践編「その③」では、「特定技能」で日本での就労を目指す人に行ったA1からA2レベルの日本語プログラムについて書きたいと思います。
書きました!こちら👇もお読みいただけるうれしいです。
今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!