聴く

相手の話をじっくり聞いて、考えを整理するということ

今回も授業の中で起こったことを書こうと思います。

勤務校では、テキストを使っていないプロジェクト型の授業を行っているため、担当者の授業報告が非常に重要な記録になります。授業の実施内容だけでなく、授業中の学生とのやりとり、学生の反応、担当教師が感じたことなどなど、思いつくままに記録として残しています。

プロジェクト型の授業ですから、教師が教壇で説明する時間は少なく、一緒に話し合いをしたり、作業をしたり、学生の様子を観察したりする時間が授業の中心になります。授業中に記録をする時間もありますので、その記録は膨大で、1回の授業で5000字程度の記録を残しています。

授業後、記録を書きながら、自分の授業を振り返り、「あー、あれはもっと違うフィードバックができたなー」とか、「もっと進め方に工夫が必要だったな」とか、「学生のあの発言は、実は、違う意味があったのかもしれないな」などなど、いろいろな気づきがあります。これが、自分の授業や自分の行動、言動を振り返るいい機会になっていると思っています。

で、今回は、ある日の授業の中で起こった学生とのやりとりを書きます。
すごく考えさせられるやりとりだったのですが、このやりとりの詳細を授業記録に残すと、読む人も大変です。しかし、得るものの多かったやりとりだったので、このようなやりとりが生じた背景も含め、忘れないうちにnoteに書いておくことにしました。

やりとりが生まれた背景

現在、行っているプロジェクトでは、9月11日のリリースを目指し、学生が想い想いのプロダクト製作を進めています。これまでの反省から、プロジェクトを進める際には、プロジェクトの進行状況を視覚化し、全員が簡単に把握できるようにする必要があると思いました。そこで、今学期では、リリースまでの目標、タスクを付箋に書き出し、模造紙に貼り出すというスケジュールボードを作るところから始めました。

*現在、教室の壁はこんな状況になっています。このようなスケジュールボードがプロジェクトの数だけ貼られています。なお、少し加工して読みにくくしています。

今まで、タスク管理には、Trelloなどを使っていましたが、PC上で管理するとなると意識して、ボードにアクセスする必要がありますし、アクセスしなくても済むように、Slackと連携すると、今度は、メッセージが多くなりすぎて、つい流してしまうという結果になり、なかなかタスク管理が習慣化しませんでした。結局、スケジュールやタスク管理がうやむやになってしまうという問題点がありました。

また、「だいたいできてます」「来週までになんとかします」「大丈夫です」という報告もありがちですが、何を根拠に「大丈夫」と言っているのかがはっきりせず、最終的に締め切り直前に徹夜して、その場しのぎで体裁を整えるということもよくありました。

今学期のように視覚化することによって、自分がリリースまでに何をしなければならないのか、それまでにどんな工程が必要なのか、どのタスクにどのくらいの時間を費やしているのかが明確になり、プロジェクトの進行状況を、常に意識しながら開発を進めるということができるようになってきました。
(と、ここまでが、今日の学生とのやりとりが生まれた背景説明になります)

学生とのやりとり

このようなスケジュール管理を行っていると、自分がやるべきことだけでなく、「やらないこと」を考えていくことも必要になります。リリース日は決まっているので、それに間に合わせようとすると、「やりたい」と思うことがすべてできるわけではなく、「やるべきこと」と「(今は)やらない」ことを振り分ける作業が必要になります。

そこで、今回の学生とのやりとりが始まりました。
学生から受けた相談は、以下のものです。
*ここでは、「タスク」の中身について、詳しくは触れません。

プロジェクトのタスクには入れてなかったんだけど、どうしても入れたいタスクがある。でも、そのタスクを入れると、スケジュールが厳しくなるかもしれない。大丈夫ですか?

「大丈夫ですか?」と私に聞かれても、最終的に判断するのは学生だし、私には、答えようがない。いつもだったら、「大丈夫か、大丈夫じゃないかは、自分のプロジェクトなんだから、自分で判断するべきではないか」と突っぱねてしまうところですが、今回は、私に相談に来るということは、何か引っかかっているところがあるのだろう、とちゃんと話を聞いてみようと思いました。

そこで、私がした質問は次のようなものです。

なぜ、そのタスクを入れる必要があるの?

学生は以下のように答えました。

実は、このタスクは、プロダクトを作るプロセスには、そんなに大きな影響はない。ただ、このタスクを加えることによって、自分の技術が上がると思うし、自分のポートフォリオも充実するということを考えると、この技術に挑戦してみたい。

確かに、こういう説明の仕方をされると、判断に迷います。今回は「リリースする」ということを第一目標にしており、これだけは譲れないと常々学生には話しています。契約や金銭のやりとりが発生しない学校の授業のプロジェクトでは、ここをなあなあにしてしまうと、結局、完成しないまま、うやむやになってしまうことが多いからです。しかし、「自分のために新しい技術に挑戦してみたい」という学生の気持ちは、教師として無視することは難しいものです。

そこで、私は、以下のように応じました。

9月11日にリリースするという目標は、絶対に譲れない。このタスクを入れたために、リリースが間に合わなかったという状況は避けて欲しい。どうしてもこのタスクを入れたいというのであれば、リリースに間に合うように他のタスクを減らす必要がある。

すると、彼は以下のように答えました。

このタスクを入れても、リリースは間に合わないということはない。ただ、スケジュールが厳しくなるので、心配しているし、自分のポートフォリオという目的のために、必要のないタスクを入れてもいいかどうか迷っている。

あー、面倒くさい。リリースに間に合うのであれば、こちらの要求は満たしているし、必要だと思ったらやればいいじゃん。あなたのプロジェクトなんだし… と言いたいところですが、最近、学生に強い言葉を投げすぎている自分を反省し、もう少し、話を聞くことにしました。
(以下、そのときの様子を思い出しながら、ざっとやりとりを記述してみます)

私:もう一度、タスクを追加することで問題になることを説明して。
問題点は、自分が使ったことがない技術を使うので、やるのに時間がかかるから、スケジュールがギリギリになる。
私:じゃ、利点は?
このタスクを入れると、みんながプロダクトにアクセスできるようになって、フィードバックがもらいやすくなる。みんなに使ってもらいながら、フィードバックをもらいながら作ったら、もっといいものができるようになると思う。
私:今の話を聞いていると、自分のポートフォリオのためだけじゃないよね。新しいタスクを追加すると、プロダクトのクオリティが上がるってこと?
そうと思います。実際にみんなに使ってもらって、フィードバックがたくさんあったほうが、いいプロダクトになるでしょ。
私:うーん。今の話を聞いていると、ポートフォリオとか、技術の問題ではなくて、プロダクトのクオリティをよくしたいという話のように聞こえるけど。
そうですね。みんなが使うものだから、いいものを作りたいです。
私:というと、これはクオリティか、スケジュールか、どちらを優先するかで悩んでいるという話に思えるんだけど、あなたは、クオリティとスケジュールとどちらを優先したいの?
クオリティです。
私:ということは、結論は出ているんじゃない?
あ、そうか。そうですね。

で、彼は、新しいタスクを追加をするという決断をし、後々、スケジュールボードに新たなタスクが追加されました。そして、以降のスケジュールも少し変更されたようです。

私がこのやりとりから考えたこと

改めて、このやりとりを思い出しながら、書き起こしてみると、新しいタスクを追加した分、どのタスクを引き算するのかというところまで突っ込んで話ができていないことに気がつきました。今後、その点について、もう少し調整が必要になりそうです。

しかし、このやりとりの中で、私は「リリースの日は譲れない」という自分の主張をしているだけで、彼の話したことに対して、価値づけや評価は行っていません。彼の話を言葉や表現を変えながら整理しているだけで、最終的な判断は学生自身に委ねています。

おそらく「自分がやりたいって思うんだったらやればいいじゃん」と突っぱねて、彼に判断を一任したとしても、同じ結果になった可能性が高いです。

しかし、このやりとりの中では、彼の話を整理しながら丁寧に話を聞きました。そうすることによって、彼が、何に価値を置いているかが明確になり、最終的に、彼は自分で納得した上で判断することができたように思います。

普段から、「あなたはどうしたいの?」「自分の頭で考えろ」と口うるさく言っているのですが、ただ「自分で考えろ」と突っぱねるだけでなく、ただただ、話を聞いて整理するだけで、本人が納得のできる判断にたどり着いたということに、すごく不思議な気持ちになりました。また、私も「リリース日は譲れない」と自分の主張を押し通すだけでなく、彼の話に非常に共感していることに気がつきました。


このやりとりをちゃんと記録に残しておこうと思ったのは、「相手の考えをじっくり聞いて、考えを整理する」というだけで、お互いが、ストンと腹落ちするような感覚を味わえたこと、この感覚が自分にもたらしたものを大切に記録に残しておきたいなと思ったからです。

このやりとりを言語教育という文脈で考える

勤務校では、目指す日本語運用能力として、次の4つを挙げています。

1.  自分の考えをわかりやすく伝えることができる
2.  相手の考えを丁寧に聞くことができる
3.  相手の考えや立場の違いを理解することができる
4.  意見の違いを理解した上で調整することができる 

これは、開校時に私自身が設定した目標なんですが、追求すればするほど、奥が深いと感じています。特に難しいのが、2番。つい時間がなかったりすると、いい加減に聞いてしまったり、聞いているようで、ちゃんと理解していなかったりします。

今回のこのやりとりで、相手の考えを丁寧に聞くってこういうことかと改めて考えた次第です。

また、3、4につなげるためにも、2は必要だと思いました。なぜなら、お互いの話を丁寧に聞くことによって、お互いがどこに価値観を置いているかが明確になり、より違いを理解しやすくなるからです。

私自身は、今回「スケジュール」を優先順位の最上位に位置付けています。もちろん、クオリティの高いものを作ってほしいという気持ちはありますから、学生に今回のような相談をされると、私も心が揺らぎます。しかし、それにも増して、学生たちの製作したプロダクトを形に残したい、というより、残さなければせっかくのプロジェクトが無駄になってしまうという気持ちから、「予定通りにリリースする」ということを最優先に考え、ここは譲っていません。

しかし、今回のやりとりを通じて、このような優先順位の対立があったからこそ、よりお互いの「価値観」が鮮明になり調整が可能になったのではないかと思いました。(今回、タスクを減らすという作業まで至っていないので、「調整」まではできていないように思います。ただ、これからのやりとりはもっとスムーズで建設的なものになると予感しています)


言語教育というと、「コミュニケーション力」とか「言語を使って何かができるか」という基準で言語能力が測られることが多いのですが、このような言語能力以前の問題として、ここで目指すような言語運用能力(と言っていいのかわかりませんが)が必要ではないかと感じています。

教師でもあり、カリキュラムの設計者でもある私は、クラスの中で、学生が行っているプロジェクトの状況を把握し、予定通り進めるようスケジュールを調整したり、プロジェクトに関わる外部の人や機関と調整をしたりという役割を担うことが多いです。そうすると、学生との関係や学校内だけでは収まらないことも多いので、ついつい、学生に強く主張したり、スケジュールに間に合わせるために「やらせる」ということもします。そんな管理中心の自分の行動や言動を振り返ったとき、学生の話をきちんと聞いてないなーと、反省することが多々あります。やはり、教師は、「管理」の部分ばかりにフォーカスするのでなく、ときには、どっぷりと、リアルな言語活動に浸ってみる必要があると今回のやりとりを経験しながら、強く思いました。

それから、もう一つ。
今回のやりとりが生まれた背景にも注目したいと思います。

今学期、私は、「予定通りにリリースする」ということを最重要の目標と考え、ここを譲らないというスタンスを崩さないようにしています。そのため、スケジュールやタスクを視覚化し、自分の状況が、簡単に把握できるように工夫しました。

この視覚化が、プロジェクトの進行に大きな効果があると感じています。

今まで、いかにして締め切りに間に合わせるのかを考えるとき、「やるべき」ことをやるために、どのように効率化するのか、どのように時間を捻出するのかを考えることが重要だと考えていましたが、実は、「やらない」と決断することの大切さをこのプロセスを通して感じました。そして「やらない」決断をするときに必要なことは、「自分は何に価値をおいているのか」を明確にすることではないかということです。

ここがクリアになると、だいぶ納得できる決断ができるようになってくるのだと思いました。

今後のために

ということで、これから、もっと自分自身がもっとどっぷりと、リアルな言語活動にコミットするための工夫として、次のことを実践しようと思っています。

1.  まず、座る
2.  紙とペンを持つ
3.  考えや意見を視覚化する

実は、今回の学生とのやりとりでは、この3点を実践できませんでした。急に話しかけられたので、立ったまま、やりとりをしました。しかし、やりとりをしながら、上記をちゃんと実践すればよかったなと思ったので、メモをしておきます。

立ったままで話を聞くと、どうしても、聞き方がいい加減になってしまいます。そこで、まず、座って、ちゃんと話そうという姿勢を作ろうと思います。そして、聞いたことを整理するために視覚化することも必要です。学生には、よく言うのですが、自分が実践するとなると、なかなか難しいものですね。


今回は、「相手の話をじっくり聞いて、考えを整理する」という実践を通して考えたことについてまとめました。

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!