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transitionを知っていますか

どうもえあです
今回のテーマは「transition」長いですね。読み方は「トランジション」

これ、聞いたことがありますか?
医療現場においてこの言葉は「移行期」を指します
基本的に小児科から内科への移行ですね

移行期ってなんのこと?

移行期とは

ざっくり言えば、「思春期に少年から大人に変わるにつれ、必要な医療が変わる」ことに関わる話です
お読みになっている皆さんの多くは、風邪をこじらせて寝込まなきゃいけないようなとき、内科にかかると思います

境目はだいたい15歳、中学卒業くらいで、それ以下だと小児科が診るのがほとんど

「大人の(内科的な)病気は内科が診る」
「病気の子供は小児科が診る」

としたら、病気の子供が大人になったら、どうしたらいいんでしょう?

いろんな考え方を持つ人がいます
「ずっと診てもらってきた小児科の先生にずっと診てほしい」という患者さん、
「生涯自分が診ていたい」という小児科医、
「子供からずっと診ている医者に診てもらうべきだろう」という内科医、
「大人になってまで小児科にかかるのは恥ずかしい」という患者さん、
「大人になったんだから大人の内科にかかるべきだ」という小児科医、
「困ったことになる前にちゃんと内科にきてほしい」という内科医

もちろんこれら以外の考えをもつ人も多いんでしょうが、それは割愛

患者さんがずっと小児科にかかっていたくて、主治医もそれでいいならそのまま小児科にかかっていればいいんじゃないか?
小児科の居心地が悪いのならとっとと内科に行ってしまえばいいじゃないか
そう思う人もいるでしょう

ところが、ことはそう簡単にはいかないのです


かつて1型糖尿病は死の病でした

インスリンが発見されて以降、治療の発展はめまぐるしく、「子供の糖尿病」を抱えている私たちは、それを持ったまま大人になることができるようになりました

現在、小児期発症疾患患者のうち95%はその疾患を抱えたまま思春期・成人期を迎えるとされています
小児慢性特定疾患の登録患者数は、1型および2型、そしてその他の糖尿病を含んだ代謝内分泌疾患が最も多いです

そんな状況で小児科がすべての患者さんを診続けていくのは、少々無理があります
それにきっと、内科に移行できるような小児科の患者さんの人生は、小児科医のこれから先に残された人生より長いはずです

その上、体が大人になれば1型糖尿病をもったまま老化が始まります
子供の頃は考えなくて良かったような問題が、たくさん出てきます

例えば高血圧、脂質異常症、あるいはがん
糖尿病による合併症だって、年数を重ねることで出てきやすくなる問題の一つです
小児科の先生の多くは、大人のそういう疾患を、内科同等に診ていく余裕はありません

そう、「大人の病気は内科がみる」べきなのです
それならいつから私たちは「大人」になるのでしょうか?いつから内科に行くべきなのでしょうか?

それを指す言葉の一つがこの「移行期」であり、移行していくプロセスが「transition」です。

Transition自体は世界的に大きく問題とされていて、例えばアメリカでは、こんな提案がなされています

「推奨されるtransitionの計画」
12歳の頃からtransitionについて伝え始め、計画と準備を進め、18歳を目処に大人の医療を受けていくように
ただ、そこで終わりじゃない、必要時にはまた小児科が関わっていく
なお年齢にはそれなりに幅を持っています

同様に日本では日本小児科学会より、「小児期発症疾患を有する患者の移行期医療に関する提言」がなされており、上記はそこで示されている「移行期医療の概念図」です
ポイントは「横軸に具体的な年齢を置いていないところ」と、「移行期医療をポイントでなく、一定の期間を持った帯として記載しているところ」あとは「患者さんの選択肢に応じて、小児科にかかり続けるという選択肢も示されているところ」でしょうか

転科、というのはあくまでtransitionの中の1イベントに過ぎませんから、ここには記載すらされていません

そう、移行すべき年齢、という具体的な基準はないんです

老化が始まって問題になるのなんて、思春期からしたらずいぶん先の話じゃないですか
それに子供の頃から病気を患っていると、親子共々特定の医療者に対して依存傾向も強くなります

……そして別に病気があろうがなかろうが、「大人になる」タイミングは千差万別ですよね
だから横軸には具体的な年齢をおかず、その人その人にあわせて計画しましょう、ということです

小児科にかかり続ける、という選択肢について
正直、成人科では診るのがなかなか難しい小児期発症疾患はたくさんありますし、小児科特有の疾患を、成人科の医師が診ていくのは困難です
そういう場合、その疾患だけ小児科がずっと診て、ほかに出てきた問題は内科にも診る、というのも選択肢になります
また、重度の精神発達遅滞がある患者さんや変化を極端に嫌う傾向のある患者さんについても、なかなか成人科でのフォローが難しいです

ただ1型糖尿病に関しては大人でもありふれた病気ですし、インスリンが出ない以外には糖尿病でない方とすら、体に大きな違いはありません

こういう背景もあり、小児期発症の糖尿病はtransitionが特に積極的に進められていくべき領域です

糖尿病のtransition

もう少し掘り下げていきましょう。

糖尿病を持った子供が大人になるにつれて変わること、まずは治療の目標です
小児期の目標は「正常な発育」ですが、大人は発育が終わった存在で、その後に待っているのは老化です
そこで目指したいのは「合併症の予防」です
それを防ぐために、血圧や脂質の管理も必要になります

また、子供は成長発達につれインスリンの必要量が大きく変わりますし、大人以上に低血糖への注意が必要です
大人、特に女性は、月経や妊娠出産に伴う変化が見られます

大人は大きな子供ではないのです

妊娠出産時には治療目標や管理指針が大きく変わるので、やはり内科管理が望ましいです

治療の主体は保護者から患者本人へ、そして小児科から糖尿病内科へ

……転科には直接関わらないのですが、20歳になるとかかる費用が変わります
小児特定慢性疾患として治療されている間の治療費は0ですが、20歳になった途端にそれは打ち切られ、基本的には3割の医療負担が生じるようになります
もとは0だったのが1ヶ月3万円をこえることも

大人になれば就職や結婚に障壁を感じることも少なからずあるでしょうし、妊娠の他にも、飲酒や喫煙といった、大人だからこそ考えなければいけないイベントも生まれます

小児科と内科で提供すべき医療の間にはとても大きなギャップがある

患者さんにとって医療は一生涯必要なものです
とはいえ、発症時からずーっと診てくれている小児科主治医のもとをあえて離れて、初めて会う内科医のところにいくのにはハードルがあります
実際、私のお母さんも、そこにギャップを感じていました

なお私の場合は、大学に入った頃から小児科にかかり続けることにストレスを感じるようになっていっていたのですが・・・

だって同年代が保護者として付き添いで来ている待合室で、大人1人待たなきゃいけないんですよ?
それでも小児科にかかり続けたのは、主治医が「内科なんか行かなくていい」的なことを言っていたせいもありましたが・・・

今度は内科医目線から

私は現在、糖尿病内科医として働いているわけですが、中には望まない突然の転科があります
1番しんどいうえにそれなりに多かったのは「妊娠して小児科の手には負えないから診てほしい」というパターン・・・
妊娠時のHbA1c目標値は6.5%未満で、血糖管理が不良だと様々な合併症をきたす原因になります
そんななか「9.2%で妊娠成立しました、内科で診てください」みたいな話が、病院によっては稀ではありません

あとは合併症で困るレベルになったからお願いしますとか〜
転居に伴い年齢的に小児科には紹介できないので突然他院の内科に紹介せざるをえないから相談にのってほしいとか〜
そしたら結局うまくいかず、遠距離だけどこちらの小児科にかかり続けるとか〜〜

だからですね、患者さん自身と、保護者と、小児科と、内科と、互いに手を取り合って計画的に、つつがなく、みんながハッピーでいられるようなtransition計画をね、していけるようにすべきだと思うんです

というわけで
1型糖尿病においては2019年に日本糖尿病学会、日本糖尿病協会、日本小児内分泌学会の合同委員会から、移行期医療に関するチェックリストが発行されています


私個人がこれを見て思う個人的に着目したいポイントは、

① 本人の自立や治療への関わり方だけでなく、医療者や親が伝えなければならない事項(知識や対応、事前に変化を伝えておく)が多数ある
② 患者本人だけでなく、親が子離れし、本人主体の医療に向けて関わるべきである

あたりですかね

わたしのこと

自分の思春期を振り返ってみると、治療は自己流にやっていましたが、体重は増加の一方でした
血糖測定は月に1度もしていないことがほとんどで、消耗品や必要インスリン数は把握してませんでした
学生時代は昼食代を節約するためにクッキーといちごミルクだけで過ごしていた時期もありました
病気のことは周囲にひた隠しにしていました

親も主治医も転科には拒否的で、自分では転科について考えたこともありませんでした
HbA1cがなんなのか、どうなればいいのかすら理解していませんでした
合併症の種類すら知らず、目標も知らず、妊娠出産については12歳くらいのときに勉強会で一度聞きましたが、当時は興味もなくまったく覚えてませんでした

つまり、主体性がなく、パッと見管理良好だったこともあって、誰も適切な知識など授けてくれず、移行という概念すら知らないまま大人になったわけです


4歳からずっと小児科に通っていて、発症時には親への指導があったでしょうし、ケトアシドーシスのときはsick dayについて身をもって知りました
でも誰も私に直接合併症や妊娠出産、転科、低血糖によるリスク、摂るべき栄養、目標とすべき体重、そういったものについて、教えてくれはしなかったのです
知ろうともしなかったし

※ これはあくまで私の経験に基づく話であり、全般化できるものではありません。あくまで「よくなかったと思われる1例」として提示しました

それから

私は糖尿病内科医という職業を選択し、ようやく内科にかかるようになりました
自分の病気についてよく学び、合併症や最新の治療技術についても知識を得ることができました
億劫に思っていた血糖測定も、持続血糖測定機ので簡単にできるようになりました
結婚して、妊娠出産もしました

でも、未来を変えられるとしても、過去は変えられないのです
あの時教えてもらっていたところで、私がちゃんとやっていたとも思えないのだけれど
それでも「教えておいてほしかった」「転科させてほしかった」と思う気持ちが拭えないのは、transitionの失敗と呼べるのかもしれません

まあ私の場合転科したあとも、別になにか誰かが治療方針示してくれるわけでも、栄養指導してくれるわけでも、教育的指導をしてくれるわけでもなくて、結局は自分でなんとかしたんですけどね

これからのはなし

こういった背景を前提として私はtransitionに積極的に取り組んでいますが、問題点はまだまだ山積みです

まずそもそも問題意識を持っている人が少ないです、惰性で小児科に通い続ける成人患者さんなんていくらでもいます

転科が仮にうまくいったからといって、その後のルールは決まっえません
指導を、内科は小児科がやっておいてくれているだろうと思うし、小児科は内科がやってくれるだろうと思っているかもしれません
主治医が違えばやり方は変わります、それを受け入れられないこともあるかもしれません

あるべきtransitionの答えは人によって違います。
小児科にかかりつづけるのが正解のひともいるでしょう
transitionを呼びかけるべきタイミングも人によりけりでしょう

でもまずは、transitionという概念があることを、少なくとも直接かかわるひとたちは知っておくべきだし、患者さん自身も医療者も、考えなければなりません


患者さんが知っておくべき情報が何であるのかの情報収集から指導まで、全てを医者がやるのはごめんなさい、なかなか難しいです
ご本人からの話も聞きたいし、保護者さんからの情報提供も欲しいし、それを看護師さんや管理栄養士の皆さんが聞いて、教えてくれたらとても助かるし、そもそも医者だけでは十分な指導もできません

様々な医療者が関わり、患者さん本人、そして親も含めて、これに向かい合っていかなければなりません


さて、「transition」が何なのか、なぜ今取り上げなければならないのか、少しわかっていただけたでしょうか
transitionを適切になされなかった一例としても、transitionを受ける内科医としても、私が個人的に思っていることがたくさん、たくさんあります
transitionについてまずは知ってくれている人が増えてくれるといいなと思っています

長くなりました、ここまで読んでくれてありがとう

えあでした。

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