地域の人がまじわる場所、映画館。
サラブレッドが育つまち、北海道のひし形の右下にあるのが浦河町だ。
この町には前回の南米から帰国したタイミングで講演に呼んでいただいた。そのときの真っ白い世界と道路脇に積もった雪の壁はすっかり無くなり、夏空が広がっている。キラキラと光る波が行ったり来たりする姿は、僕が山あいで生まれたことに関係あるのかないのか知らないけれど、すごく懐かしさを覚える。
本屋さんをしているお友だちのお宅にお世話になる。そしてあちこち連れていっていただいたり、講演をした小学校の子どもたちに会いに行ったり、再会に出会いにこのまちはどんどんと自分にとって身近になっていく。
どうしても訪ねたかった映画館があった。創業100年。現在は四代目。
お友だち夫婦が連れて行ってくださった食堂にあった映画【万引き家族】のポスターを見て、ずっと見たかった作品だったのが後押しになり、滞在をもう1日させていただけるかお願いして、映画館へ向かった。
夕方4時からの上映に合わせて、映画館の玄関先に自転車で向かうと、ご主人が僕の自転車を見てニコッと笑ってくれた。旅のこと、コーヒーのことを伝えると「僕もコーヒーが大好きなんです」と、メガネ姿が似合うDr.スランプアラレちゃんに出てきそうな丸メガネにんまり笑顔のご主人が言った。
「じゃあ映画が終わったらコーヒーお淹れしますね」
そう言って、僕はこのえらい庶民的な見た目の映画館に入っていった。
観客は・・・3人だ。
中に入って、適当に真ん中のほうに座る。しばらくすると電気が暗くなって、ガラガラ音を立てながらカーテンが左右にひらいていくとスクリーンが出てきた。端っこまで引っ張られたカーテンは、まだそこでぶらぶらしながら動いてる。なんだこの懐かしさは。自分が体験したこともない昔々の映画館に懐かしさを覚えるのはなんでだろう。
そのあとパッとスクリーンに映像が映し出された。視線をあげるとそこにはホコリに映る光の模様が浮き上がっていて、そのまま後ろをふりむくと、壁のうえのほうに映写機が見えた。店主のおじさんの顔まで見えそうだ。
映画は素晴らしかった。今回のコーヒーの旅ではほんとに多くの家族にお世話になっていて、自分のなかでも家族というものが、その憧れもまじった存在が大きかったから、この映画の血もまったく繋がっていない、けど家族みたいな人たちの暮らしがいまの自分にぐっときた。
映画館を出ると、みんななんともなしにベンチに座り、先代のばあちゃんとともに映画のことを話したり、近所のことを話したり、そんな時間がはじまった。僕は許可をもらってここでコーヒーを淹れさせていただく。
しばらくすると上映後の作業を終えられたご主人が戻ってこられた。僕がコーヒーを淹れてふるまっていると、サッとお家に戻られてお盆にのったスイカが運ばれてきた。このころには、映画を見た人たち、ご近所さん、そして次の映画を見るひとたちも集まってきてなんだか近所の集会所に来たような雰囲気だ。
あぁ、映画館って地域の人がつどうコミュニティの場なんだな。
そう感じたんだ。確かに。僕が知ってる映画館はもっとショッピングモールや大劇場って感じで。あんなにぎっしり並んで、ギチギチに座るのに、映画館をやっている人の顔も、一緒に映画を観た人の顔もしらないまま来ては帰っていくところだったから。だからこのことがすんごく嬉しかったんだ。
翌日、昨日の御礼にいった。
「あなたの淹れてくれたコーヒーね、ほーんとにおいしかった。あんなおいしいコーヒーはじめてだったわ」と先代のおばあちゃんは、話しながら3回も言ってくれた。ご主人はたまたま散歩していたご近所さんをつかまえて、僕のことを誇らしそうに紹介してくれた。あぁ、なんかすんごくあったかい。
自分が受け入れてもらえること。そんな場所と人がいること。
きっと、まちってこういう場所だったんだろうな。
いつかまた昔に戻りたいとは言わないから、新しいものにこんな人の思いが入っている場所があればいいな。
それはそのまま自分の旅なのかもしれない。
見知らぬまちで、見知らぬひとと、けどちょっとあったかで香りのいいコーヒーを飲みながら過ごす時間。またそこに人が集っていく感覚。
誰かの心に、小さく、小さくでいいからロウソクの日が灯るような、そんな存在でありたい。
大黒座
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