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【無料試し読み】「ライブラリアン 本が読めるだけのスキルは無能ですか!?」第1巻より

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プロローグ

黒髪の女の子が制服を着て歩いている。
行く先は、職員室。彼女が先生に手渡しているのは退部届だ。
あれは……わたし?
家に帰った私は、漫画を読んでいる。バスケットボールの漫画を。
漫画の主人公たちは、早朝に走り込みをしたり、部活後も残って一人シュートの練習をしたり、上手くなるために努力を惜しまない。
それなのに私は……。

唐突にその時の私の気持ちを思い出した。そうだった。
病気で何日も部活に行けなくなって、なんだか自分だけ置いてけぼりになった気がして、久しぶりに行くのはちょっと勇気が出なくて、それで一日、また一日と休んでしまった。
もともと運動音痴だったから、お荷物なんじゃないかと思っていたのもあって、気後れしているうちに、休みの日ばかりが増えていって。
ますますどんな顔で復帰したらいいのかわからなくなって、退部しちゃったんだ。
要するに、逃げたのだ。頑張ることから。
けれど漫画の中のみんなは決して逃げなかった。
それを羨ましいと思いながら、私ももっと頑張っていたら、あきらめていなかったら、この子たちと同じ景色が見られたのかもしれないと後悔した。
これがすべての始まりだった。
後悔したのなら、それから別のことに打ち込めばよかった。
勉強でも、他のスポーツでも、音楽でも、料理でも、恋でも何でもいい。
何でもいいから、好きなことを見つけて、夢中になって、必死に努力すればよかった。
だけど私はそうしなかった。
何に対しても自分から動くことなく、ただ待つばかり。
言われたことをやる。ただそれだけだ。
必死に努力しているのを見られるのが恥ずかしかったし、努力してもできなかったらと思うと怖かった。
そうやって一歩も踏み出すことがないまま、普通の大人になって、なんでもない一生を終えた。

結局、あの青春漫画のようなキラキラした世界を切望していたくせに、私の人生は「やればできる」と言い訳出来る状況に最後まで逃げ込んだままだった。
ただ待っているだけで見つかるわけがないのにね。

目が覚めた。今のはなんだったの?
ゆ……め? いや、夢にしてはあまりにリアルで。
自然にあの子が自分だって思えた。
夢の中の私は黒髪黒目の少女。
今の私の髪はダークブロンド、瞳は一見暗めに見えるけれど本当は深い紫色だ。
だから陽の光に当たると、キラッと紫に光って見える。
重くて、暗くてパッとしないけど、光に反射する紫はちょっと気に入っている。
色味は似ているが、夢の彼女とは目鼻立ちも肌の色も何もかも違う。
それに、話している言葉だって、住んでいる世界だって違ったけれど、あの子は私だと思ったの。
こういうのを前世というのかな?

のどが渇いた。
取りあえず何か飲み物を取りに行こうとベッドから出るが、足に力が入らない。
ふらつき、手をついた先には花瓶があった。
パリン。
その音で侍女のメリンダが飛んできた。
メリンダは「よかったよかった」と泣きそうになりながら、飲み物の準備と母様たちへの報告に行った。
マティス母様からは案の定しっかり怒られた。
「心配かけてごめんなさい」
「わかったならいいのよ。もう! 心配させないでちょうだい。でも今回のことでお父様からもお話がありますからね。6歳のあなたには難しいかもしれないけれど、しっかりお父様のお話を聞いて、これからどうしたらいいか考えなさい。わからないことや悩んだ時はいつだってお母様が話を聞いてあげますからね」

そうか。私はまだ6歳だった。
なんだか前世を夢見たからかすっかり大人だと思っていた。
夢で見たのはまだ中学生くらいの時なのだけど、たしかに私は大人だった。
いや、何言っているんだ。私は6歳だ。
記憶がないのは前世の方だから今の人生には不都合はないけれど、少し変な気分だ。
とにかく。前世の記憶は中学の一部分しかないが、私は大人だったと思う。
だって夢で見たエピソードは中学生だったけれど、努力しなかったことへの後悔はもっと大人になった私の後悔だったから。
覚えていないけど、もっといっぱいあるのかもしれない。
ううん。きっとある。
「もっと頑張ればよかった」「諦めなければよかった」「あの時ああしていれば……」っていう後悔がね。

せっかく後悔を思い出したのだ。
今度こそ後悔しないよう、努力してみよう。
思い出してよかった。

第一章 ただ本が読めるだけ

なんで私が前世を思い出したかと言うと、それは数日前のスキル鑑定にさかのぼる。

トリフォニア王国では、全国民が6歳になったらスキル鑑定をすることになっている。
そのためスキル鑑定をする協会は、月に1度スキル鑑定日を設けており、その日は貴族も平民もその月に生まれた6歳児が集まるのだ。
ここで特別なスキルであったり、強いスキルがあることがわかると平民でも王都の魔法学園に通えたり、結婚相手を見つけるのも苦労しない。
スキルさえ良ければ、どんな夢だって叶えられると言っても過言でないほど、スキルは重要だ。
それにスキル鑑定は、自分のスキルを知るだけでない。
そもそも鑑定を受けなければ魔法が使えないので、そういう意味でも重要なのだ。
教会では鑑定具の補助を受けてスキルを発動させる。
鑑定具を使うのは、まだ6歳になったばかりの子が自力でスキルを発動させられることはないからだ。
子供たちは鑑定具の補助を受けて火を出したり、水を出したりする。
何も出ない子もいる。
そういう子はジャンプしてみるとすごく高く飛べたり、植物の種を持たせると発芽したり、怪我を治せたりする。
私は本を一瞬出しただけだった。
文庫本くらいのサイズで、カバーも何もない簡素な本だ。
本……というかノート?
鑑定士によれば、〈ライブラリアン〉と言うスキルだそうだ。
本が読めるらしい。
その後続けて鑑定士が「珍しい」と言ったから、どんなすごいスキルなんだろう? と期待が膨らんだのだけど、その期待はベルン父様の顔を見た瞬間ものすごいスピードでしぼんでいった。
隣にいた父様は、明らかにショックの表情だったのだ。
よく見渡せば、ヒソヒソと話しながら笑っている大人までいた。
ダメだったのだと、期待外れだったのだとすぐに悟った。
私はこのドレイト男爵領、領主の娘。
領主の娘であるのに、ヒソヒソ笑われるなんてよっぽどだ。
それでも、「本を読むのは好きだから、まぁいいか」とこの時の私は残念なスキルだと薄々は感じながら、大して深刻に捉えていなかった。
6歳だから仕方ないけどね。

家に帰ってきた私は、早速本を読んでみようとした。
というのも、鑑定具でスキルを発動させた感覚を再現することで、徐々にスキルを自力で自在に発動させられるようになるからだ。
だから発動の感覚を忘れぬうちに、スキルを発動しようと思ったのだ。
もちろん初めての魔法を使いたかったというのもある。
ぽんっと紺色の小さな本が出てきた。
よかった。できた。
中身を読んでみる。
ページをめくると1ページ目は何も書かれていない。
その次のページには本のタイトルが10冊並び、その次のページは……空欄だった。
本が読めるってたった10冊か。がっかり。
何気なく、一番上のタイトルを指で追いながら読んでみた。
「は、く、り、ゅ、う、うぃ、す、ぱ、の、ち、い、さ、な、と、も、だ、ち」
ページがパラパラと勝手にめくれ、何も書いてなかったページに絵と文字が浮かぶ。
初めての魔法に初めての物語!
ワクワクした。
早く兄様に読んでもらおうと足は軽く、跳ねるように兄様の部屋へ向かった。
もう一人で文字を読めるようにはなっていたけれど、読むのが遅く、いつも兄様に読んでもらっていたからだ。
三つ上のマリウス兄様は、とても優秀でカッコイイ。
しかも忙しくてもちゃんと絵本を読んでくれる優しくて、自慢の兄様だ。
「お兄様! これ読んで!」
「こらこらテルミス。走っては危ないよ。どれどれ。何の本かな?」
そう言うと、兄様が固まった。
どうしたんだろう?
「テルミス。これはテルミスのスキルかな?」
「そうなの! ライブラリアンっていうんだって」
今度は兄様が暗くなった。
「そうか。テルミスはライブラリアンだったんだね。ここには何か書いてあるのかな? スキルで出した本はね……本人しか読めないんだ。だから、僕は読んであげられない。ごめんね」
え? 見えないの?
「テルミスはもう文字を覚えたよね。自分で頑張って読んでいると今はゆっくりでも段々スムーズに読めるようになるから、今回は自分で頑張って読んでごらん」
がっかりきている私に兄様は頭をポンポンしながら慰めてくれた。
兄様に読んで欲しかったのにな。

自室に戻って、また本を開いた。
読むのは遅いけれど仕方ない。
「ウィスパ、は、さみし、くて……」
「お嬢様、お食事の時間ですよ」
「もり、の、おく、で、ひっそ、り……」
「お嬢様、そろそろお食事ですよ」
「うん。わかった。……な、いていた、とき……」
「お嬢様! もう皆様ダイニングでお待ちですよ。お嬢様!」
「ちょっと待って。あとちょっと……ウィスパが、そ、ら、をみあげ、ると……」
その後、メリンダが何度も何度も呼びかけても「わかった」「あとちょっと」「ちょっとまって」「後で行く」と上の空で答えたため、最終的に母様にしっかり叱られた。
あとちょっとだったのに!
食後は湯浴みをし、寝る準備を済ませると、ちょっとだけ、あと1ページだけ、あと30分だけ……と心の中で言い訳しながら、本の続きを読んだ。
どんどん夜は更けていった。
次の日起きたのは、10時になる頃だった。
メリンダに何度も起こされて、やっと起きた。最近怒られてばかりだ。
明日からはちゃんとしよう。
そう思っていたのだけど、次の日も、その次の日も、そのまた次の日もちょっとだけ、と読み始めては、夜更かし。
家族に心配かけている罪悪感から、朝はメリンダに無理矢理起こしてもらっている。
そのおかげで寝坊することはなかったが、なかなか夜更かしはやめられなかった。
そんな暮らしが三日続き、どうなったかというと……。
歩きながらうとうと居眠りしてしまい、階段から落っこちた。

それで前世を思い出したってわけ。

「テルミス、このあと時間はあるかい?」
朝食の場で父様に聞かれた。
目が覚めた後、母様から告げられた「お話」があるに違いない。
どんな話になるのだろう?
あまりいい話ではなさそうで、気が重い。
「はい」
「ではあとで執務室に来なさい。お前に話しておかなければならないことがある」
トボトボと執務室へ向かう。
扉の前で、ふーっと息を吐き、覚悟を決めて中に入る。
父様は怒っていなかった。ただ悲しげで、ますます話を聞くのが怖くなってくる。
父様が話してくれたことは、私のスキル〈ライブラリアン〉について。
6歳の私にもわかるようにゆっくり言葉を選びながら、そして真剣に話してくれた。
まずライブラリアンのスキルについては、本が読めるだけ。それ以上でも以下でもない。
ただ、そのスキルに対する世間の見方が悪かった。

曰く。
レアなスキルだが、本が読めるだけで有用性がない。
まず、本ならば図書館に行けば誰でも読めるし、ライブラリアンは読めるだけで、その本を理解できるかどうかは本人の頭脳次第。
さらに言えば、本そのものを見せられないので歩く図書館としても使えない。
すなわち。そんなスキルがない優秀な人の方がよっぽど有用だと。
しかも昔々の王子がライブラリアンだったらしいのだが、本を読んでいる間は呼びかけても反応がなかったり、夜遅くまで本を読み日中の活動に支障が出ていたり、本を読み始めると時間を忘れ、度々会議をすっぽかしたりと随分と自堕落な暮らしをしていたらしい。
結局その王子は、第一王子でありながら民からも貴族からも支持が得られず、弟の第二王子が王になったのだという。
当時は本当に使えないダメな奴、王族にふさわしくないなどと不満が噴出して、大問題になったほど。
ダメな第一王子とは対照的に第二王子は優秀で、人当たりが良く、戦でも戦功をあげる英雄だ。
さらに今のスキル鑑定具の基礎を作った人でもある。
ちなみに鑑定具によるスキル鑑定を義務付けてからは、未だライブラリアンは見つかっていない。
そのため、第一王子の悪評は覆っておらず、ライブラリアンは本ばっかり読んで使えない奴というのが通説なのだ。
第一王子のせいでひどいと思ったけれど、私も自堕落な暮らしに心当たりがありすぎた。
「で、ここからが重要な話だ。ライブラリアンは役に立たない。そういう認識だから、基本的に12歳から入る王立魔法学校には入れないだろう。入学試験でずば抜けて優秀であれば、入学はできるかもしれないが、授業にはスキルを使った模擬戦などもある。本を読むだけのスキルのお前には出来ないことも多いだろう。きっと入学しても単位不足で卒業できまい」
学校には行けないのか。
「そしてもう一つ。貴族の女性にとっての進路は政略結婚が普通だ。もちろん中には女性騎士になって最後まで騎士として人生を歩むものもいる。だが、稀だ。政略結婚の時に重要な条件はわかるかい?」
目を見開いた。
そうだった。スキルは結婚の時も重視されるんだった。
父様によると、政治的な立場とか、お金とかも大事だが、貴族にとって血というのはとても大事らしい。
だからこそ少しでも良いスキルを持つものを取り入れようとするし、良いスキル以外は避けようとする。
つまり、ライブラリアンに需要はない。
学校も行けない。結婚もできない。どうすれば?
私はまだ6歳。この世界のことについては全くの未知だ。
知らないことを知ったかぶりするのは簡単。
でも知ったかぶりでは学べない。成長できない。行動を起こせない。
無知だと認めて教えを乞わなきゃ先には進めない。
「お父様。教えてください。学校も結婚も厳しいとなれば、どうすればいいでしょう?」
父様は少し考え、ゆっくりと話し始めた。
「結婚は誰でもいいから絶対したいということならばできないことはない。6歳のお前に話すことではないけれど、世の中には若い女の子なら誰でもいいという人はいるからね。けれど、私も母様もこの道には進んでほしくない。結婚しても、相手はあまりいいお相手ではない可能性が高いからだ。貴族は政略結婚が当たり前だが、自分の娘が不幸になるとわかっている相手には大事な娘を送り出したくないからね」
仕事についても厳しかった。稼ぎが良い職場は学歴が必要な場合が多いのだ。
つまり学校を卒業できない私は、結婚しなくても暮らせるくらい稼ぐのは難しいということだ。
思った以上に貴族人生の未来が暗かった。
気落ちした私を見て、父様も眉を下げている。
「本当はお前にここまで話すべきか迷ったが、厳しい状況を理解した上で、自分のこれからを考えてほしいのだ。世間一般的には女子の幸せは結婚だと言われているから、結婚せずに働けば、お前は肩身の狭い思いをするだろう。たとえお前を愛してくださる方と結婚できたとしても、きっと嫁ぎ先や社交界ではスキルのことでとやかく言われるはずだ」
向かいに座っていたはずの父様がいつの間にか横に来てくれていた。
うつむく私の背中をさすってくれる。
今、私はどんな顔をしているのだろうか。
「今のような暮らしは無理だが、平民となって平民の家に嫁ぐのも幸せかもしれん。平民ならあまりスキルの良し悪しを結婚の条件にしないからな。だが、平民になるのはよく考えるのだ。平民の立場は低い。彼らに、いざという時に自分を守る術はない。それに貴族から平民へは簡単になれるが、平民から貴族へなるのはかなり難しいからな」
何が私にとって最善かわからなかったと。
まだ6歳だというのにこんな現実を話してしまって悪かったと。
そう言って父様は私を抱きしめた。

父様と話して、自分のこれからのことばかり考えている。
父様が勝手に私の幸せをはかって決めてしまう方でなくてよかった。
貴族なら政略結婚が普通なのだから、父様が行けといえば、どこかの変態爺の後妻としてでも嫁がねばならない身だというのに。
いい親に恵まれた。
父様は、私を愛してくれる方との結婚についても話してくれたけれど、この可能性に賭けるのは危険だ。
不細工だとは思わないが、どん底の状態を挽回するほどの美女でないことくらいわかっている。
私のような髪も瞳も暗い女性よりもマティス母様のように明るい色味の女性の方が人気なのだ。
母様の髪は本当に素敵。
透明感あふれる明るい藤色の髪がサラサラと肩に流れて、アメジストのような瞳もキラキラで。
ちなみに兄様も素敵だ。
母様譲りのサラサラヘアで、母様よりもさらに明るくなった紫色。もはやシルバーと言って過言でない。
母様の父様……つまり祖父様が銀髪だったみたいでとても似ているんだとか。
瞳は父様と同じダークブラウン。
ん? ベルン父様?
父様はくるくる癖毛のダークブラウンの髪の毛に同じくダークブラウンの瞳。
これ言うと怒られるけれど、大きな犬みたい。
とにかく、そういうわけで白馬の王子様案は却下。
もちろん変態爺に嫁ぐのも嫌だから、結婚はあきらめよう。
とすると、仕事だ。
仕事に生きる。それがいい。
将来貴族のままなのか、平民になるのかわからないが、平民になったとしても、できることならやっぱりある程度の文化レベルを保った暮らしをしたいと思う。
生まれて6年間ずっと貴族だったし、前世は貴族制がない世界だったけど、文化レベルが高かったのだから、急に平民の暮らしは無理だ。
6歳の私に何ができるかなんてわからない。
だが、せっかく早めにどん底の未来がわかったのだ。
なんとかどん底から這い上がってやろうじゃないか。

這い上がると言っても、何からやったらいいものか。
そう頭の中でうんうんと悩んだり、本を読んだりして、なんとなく過ごしていると、あっと言う間にひと月経ってしまっていた。
一体私は何をしていたんだろう。ただ悩んで足踏みしていただけだ。
このままだと前世と同じように、なんとなく日々を過ごし、なんとなく生を終えてしまう。
悩んでいたって未来は変わらない。
行動しないと意味がないのに。
まずはこの怠けきった性根をなんとかしないと。
計画を立てて、ダラダラした生活をやめよう。
平民になる可能性もあるのなら、掃除や洗濯の手伝いをしようか。
予行演習にもなるし、掃除と洗濯をすれば、きっと体力もつくだろう。
あとは、文字もスラスラと読めるようにライブラリアンにあった絵本を音読して、あとは、あとは……。
「お嬢様、どうかなさったのですか?」
私が机に向かってうんうん唸っていると、メリンダが声をかけてきた。
そうよ! メリンダに手伝ってもらえないだろうか?
怠け者の私のこと。
今日一生懸命計画を立てたところで、三日坊主になるのは目に見えている。
できていない時に注意してくれる人がいないと。
情け無いけれど、意志の力でどうにかできるものではないのだ。
私の怠け者パワーは。
「メリンダ。あのね。お願いがあるの。私のスキルのことは知っているでしょう。将来何になるかはわからないけれど、知識は裏切らないから勉強を頑張ろうと思うの」
「それはいいことですね。お嬢様」
「でもね……ちょっと問題があって」
「問題?」
恥ずかしくて、少し早口になりながら答える。
「あのね……あの……私とっても怠け者なのよ。最初はやる気もあるんだけど、途中でめんどくさくなって、怠けちゃうの。今日くらいいいか。とおやすみしたら、今日もまぁいいかになって、明日こそやろう。明日からやろうって言い訳しながらどんどんサボってしまうの」
ドキドキしながらした私の怠け者告白をメリンダは優しく受け止めてくれた。
「お嬢様は6歳ですもの。完璧にできなくて当たり前ですわ。大人だって、仕事として決められていることはみんなちゃんとしていますけど、自分で自分の成長のために努力を重ねられる人は少ないのです」

それでも、私はもう嫌だ。
大人になって、もっと頑張ればよかったと後悔するのは。

メリンダが手伝ってくれるというので、メリンダに今考えている計画表を見せてみた。
「まぁもうこんなに考えられて!」と言っていたメリンダの顔が少し曇る。
何かと思っていれば、ついで出てきた言葉に固まった。
「この計画のまま実行するのなら私は手伝いたくありません」
え?
未だ混乱する私にメリンダは膝をつき、手を握る。
「確かにお勉強は大事なことです。けれどまだお嬢様は6歳。こんなにも詰め込んでしまったら、過労で倒れてしまいます。それに私はお嬢様に未来だけではなく今も幸せでいてほしいのです。朝から晩まで勉強と労働で楽しいでしょうか。人生には遊びだって必要なのです。お嬢様は何か好きなこと、やりたいことはございますか?」
なにがしたいかなんて考えたこともなかった。
父様から話を聞いて、無知なら教えを乞えばいいと人生の道筋を教えてもらって、その中から無難な方向に進もうとしていただけだ。
「私は……何がしたいか分かりません。でもいいのかしら? 領主の娘として、領地のための政略結婚も満足に果たせない私が、役立たずの私が、したいことをするなんて。そんなの領民だって……迷惑なだけでしょう?」
情けなくて、怖くて、尻つぼみにぼそぼそとつぶやくように話す。

©Minaminotsuki / Hirokazu 2023

「お嬢様。領民を一番に考えられるのは、とても立派なことでございます。しかし、人は自分に余裕がないと人のことを考えられないものなのです。つまりお嬢様が幸せになって初めて、お嬢様は本当の意味で周りの人に手を差し伸べられるのです」
「私の幸せが先なの……?」
「そうです。きっとあるはずです。お嬢様の幸せを捨てずに領地に貢献する方法が。幸いまだお嬢様が大人になるまでに時間はたっぷりあるのですから、探してみましょう」
確かにそうかもしれない。今の私は、領民の迷惑と言いつつ、自分のことばかりだった。
それにこれでは前世と同じではないか。
なんとなく無難な方へ無難な方へと消極的に生きたって、あのキラキラな世界にはたどり着くことなんてできないのに。
教えてくれたことに感謝すると、彼女は手に力を込めて笑った。
「何度も言いますが、お嬢様はまだ6歳なのですから。本当はよく食べ、よく動き、よく眠りさえすれば、何も考えず、楽しく暮らしていい年頃なんですからね」
そうメリンダは言ってくれるが、今頑張らなかったら、きっとそのまま大人になって後悔する。
今できない人は、いつになってもできないって知っているから。
その後私とメリンダは話し合い、子供らしく自由な時間を設けつつ、勉強は午前と午後に1時間半ずつ。
午後のお茶の後は今日勉強したところをメリンダに話すことにした。
後の時間はフリータイムだ。
「メリンダもう一つお願いがあって。平民になる可能性もあるのだから、家事もできるようになりたいの。まずはこの部屋の掃除とか、ダメかな?」
最初はびっくりしてお嬢様がしなくても……と言っていたメリンダも納得し朝の勉強前に部屋の掃除をすることが決まった。
前世ではメイドなんていなかったのだ。
できるよね? きっと。

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著:南の月 イラスト:HIROKAZU
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