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勉強の時間 三千世界への旅/アメリカ3


アメリカン・ネーションズ


多様性の国


アメリカに関する本で『アクシデンタル・スーパーパワー』の次に読んだのは、コリン・ウッダードという人が書いた『アメリカン・ネーションズ American Nations』という本です。『11の国のアメリカ史  分断と相克の400年』というタイトルで日本語訳が出ていて、これが新聞の読書欄に紹介されていたのでこの本を知ったのですが、英語の勉強を兼ねて英語版で読みました。

ネーション nationというのは国民のことです。ネーションが複数形のネーションズになっているのは、いろんなカルチャーのルーツを持つ人たちが、考え方や利害の対立を生みながらアメリカという国を作ってきたということが言いたいからなんでしょう。

邦題では「11の国」となっていますが、この「国」は国土や行政単位としての国家(ステートstate)ではなく、人としての国、つまり国民(ネーション nation)を指しています。そして、この11のネーションズがカバーするのはアメリカ合衆国だけではなく、カナダも含めたいわゆる北米大陸です。

ただし、この本が紹介しようとしているアメリカのネーション/国民は、この国にやってきた移民にはイギリス人もいれば、アイルランド人、ドイツ人、フランス人、オランダ人もいたといった意味での国民ではありません。むしろ宗教を基盤としたカルチャーや社会階層によって定義される人のまとまりです。



アメリカン・ネーションズの成り立ち


このネーションの成立過程から見ると、まずイギリスからやってきた清教徒、ピューリタンたちがマサチューセッツ州あたりに入植し、そこから北東部に広がって規律に厳格な人たちの大きな文化圏を形成しました。

続いてクエーカー教徒やユグノー(フランス・スイスの新教徒)、ドイツのルター派などがペンシルベニア州あたりに入植し、清教徒たちより寛大で多様性に寛容なもうひとつの文化圏を形成。

さらにバージニア州あたりにイギリスの地主階級の息子たち(彼らは主にイギリス国教会の信徒でした)が農園を開拓して、いわゆる南部の中でも比較的アフリカ系の奴隷に寛大な農業地帯の文化圏を形成しました。

そして、もっと南の南カロライナあたりに、バージニアの入植者よりもアフリカ系奴隷を大量に、徹底的に酷使して、莫大な富を築いた農園主たちによる南部農園の文化圏が形成されました。

これらの文化圏とそれを構成する人たちのまとまりがネーションです。こんな具合に、ゴッダードが言うアメリカのネーションは必ずしも国別ではなく、ルーツとするカルチャーや産業形態によって区別される政治的・文化的な人のまとまりということになります。

英語で読む気になったひとつの理由は、英語の勉強のためという以外に、日本語より英語で読んだ方が、国とネーション、ステートなど言葉の定義のややこしさを感じないで、すんなり読めるんじゃないかと思ったからです。



権力をめぐるネーションの争い


この本で語られるネーションには、アフリカ系の人たちのまとまりは含まれていません。これは彼らの多くがアメリカ大陸に奴隷として連れてこられたため、自分たちの文化圏を地理的に形成することができなかったことによるのでしょう。アフリカ系アメリカ人の文化はあっても、国土の中に文化圏を形成していなければ、ネーションと認められないということです。

この本の目的は、アメリカ人を構成する人種とか民族の研究ではなく、新大陸に入植してきた人たちのまとまりが、どのように大陸に広がり、それぞれ独特の文化圏を形作ったか、これらの文化圏の拡大や競争、主導権争いがアメリカ合衆国という国の歴史に、どんな影響を与え続けてきたかを明らかにすることです。

主導権というのはつまり権力ということです。起源の異なる文化圏がそれぞれ自己主張し、権力を争いながら、アメリカ合衆国という巨大な連邦国家を構成し、運営しています。

それは選挙や行政の単位である州、ステートを見ているだけでは見えてきません。ネーションは複数の州にまたがっていますし、ひとつの州が異なるネーションに分かれているところもあります。

この本はそれぞれのネーションの起源、宗教、文化、産業などを紹介しながら、それがどのように新大陸に広がっていったかを描いていきます。

それが独立戦争や南北戦争、西部や西海岸の開拓、アメリカの政治や経済の変化にどのような影響をもたらしたかがわかってくると、アメリカという国がまた違って見えてきます。

最近、南部的な人種差別や女性差別が復活してきて、「アメリカの分断」が起きているみたいなことが言われています。

しかし、アメリカという国家の成り立ちを色々なネーションのせめぎ合いの歴史から見てみると、アメリカの分断が最近始まったことではなく、北部対南部といった二元論的な対立でもなく、いろんなネーションのせめぎ合いがずっと続いていて、ひとつのアメリカというものが存在したことはないということがわかります。



権力を持たない民族


多くの人はアフリカ系やアジア系の人たちがネーションとして扱われていないこと、彼らが不当に支配されてきたことが語られていないことに違和感を覚えるかもしれません。

しかし、アフリカ系アメリカ人が奴隷制度から解放されて、近代社会で生き抜いていくということがどういうものなのかすら知らず、資金も教育もない状態でアメリカの社会に放り出され、差別や迫害に遭い、いろいろな社会問題を生んでいったという歴史は、アメリカ合衆国という国の骨格とネーションの地域分布が確立後に始まる別の歴史であり、現在につながる現実です。

またこの本では、アメリカの発展が、北米大陸の先住民たちを彼らの土地から追い払うことによって可能になったということも語られていません。北米大陸に入植したときから、この大陸はヨーロッパ人が開拓するための空白の土地だったかのように語られています。

今こうした「少数民族」の差別や迫害をなかったことにするのは、とても悪質なごまかし、偏見と言えるかもしれません。

ただ、少数民族や性的マイノリティなど、少数者への配慮が広がったのは20世紀後半のことです。

それ以前の世界はヨーロッパ主導、白人至上主義に支配されていたので、歴史について語るときに、いちいち現在まで時間を飛んで、当時のヨーロッパ人の行動を、今の価値観で批判するといったことをあえてしていないと見ることもできます。

ここではとりあえず、ウッダードの「アメリカン・ネーションズ」がどんなものなのかを見ていきましょう。


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