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三千世界への旅 魔術/創造/変革37 近代の魔術15 社会主義国家という矛盾

国家主義と軍国主義


1924年にレーニンが亡くなった頃から、革命も共産党もソビエトも変わっていきます。

強力なカリスマ指導者を失った共産党は、有力な革命思想家でもあったブハーリンやトロツキーなどの指導者たちが次々粛清・追放され、党書記長だったスターリンが権力を握ります。それと共にソ連邦は彼を偶像的に崇拝する国家主義の国に変質していきます。

これがスターリンという独裁的な指導者の個人的な資質によるものなのか、それとも20世紀前半という、世界恐慌や世界大戦の時代、ヒトラーやムッソリーニやフランコなどのファシストを生んだ時代によるものなのか、元々皇帝を崇めてきたロシア人の気質によるものなのか、一概には言えません。

1930年代から40年代にかけては、経済的に疲弊した国ほど熱狂的なファシズムが生まれ、国家主義・軍国主義的な政策で経済復興しながら、次の戦争に向かって突き進んでいった時代でした。

ただ、ソ連ではロシア的な国民性が皇帝のような絶対的権力者を好み、ある意味必要としたという側面もあるのかもしれません。

ソ連邦崩壊後の混乱期にも、民主的なゴルバチョフでは国家運営ができず、エリツィンなど政権を引き継いだ人たちも、経済の破綻や新興財閥による富の独占といった状況を解決できないまま、プーチンのような元スパイを独裁者に仕立て上げたのを見ると、ロシアには西欧型とは違う価値観が根を張っているのだという気がします。


国民と人民


ここで重要なのは、国家が機能したこと、国民/ネーションが自己主張したということです。

元々社会主義は、国家による支配も、資本や企業による支配をなくし、現場で働く人たちが自分たちで物事を決め、実行していく仕組みです。国民が愛国心に駆られて他の国家や国民を憎んだり、戦争したりするのはあり得ないはずです。

しかし、ソ連には国家が存続し、国民が愛国心を持ち、指導者であるスターリンを崇拝したり、祖国のための戦争を支持したりしました。

社会主義の理念では、国境を超えて労働者が連帯し、協力して古い国家や資本の支配から自分たちを解放するはずでした。現に、ソビエト共産党は世界の共産党を指導する国際組織「インターナショナル」の指導部として、各国の共産党の活動を支援していました。

しかし、ソ連邦という国家が存在し、機能することによって、このインターナショナルの活動は、ソ連という国家が他国を侵略するための活動になってしまいました。

こうなると、各国の共産党はソビエト共産党の指導・支配下で、自国の転覆を画策する反国家的な組織になってしまいます。

各国の共産党員は第二次世界大戦あたりまでは、社会主義革命の大義を信じてソビエト共産党の指導・支配を受け入れていましたが、先進国の共産党員は次第に、古臭いスターリンの独裁や個人崇拝、国家主義、ソ連邦内や東欧諸国での強権的的な支配体制を批判し、距離を置くようになっていきました。

一方、欧米先進国に植民地支配されてきたインドやベトナム、キューバなどは、独立運動やその後の社会・経済再建のために、ソ連の援助を受け入れました。


ソ連崩壊


1953年にスターリンが死去すると、ソビエト共産党内部からはスターリンの全体主義や個人崇拝に対する批判が生まれ、少し人間味のあるフルシチョフが後継者になりましたが、60年代になると共産党とソ連による強力な支配を重視する保守派が巻き返し、フルシチョフは失脚してしまいます。

代わりに権力の座についたブレジネフは国家主義・軍国主義的な共産主義国家路線を1982年に死ぬまで続けました。

ソ連の社会主義は、国家による支配をなくすことができないまま、官僚化した指導部が政策を上から押し付ける、古い社会・経済運営を続けた結果、欧米先進国の資本主義ほど経済発展を実現することもできず、国内に不満が広がっていきました。

ソビエト連邦はゴルバチョフによる自由主義政策への転換をきっかけに崩壊していくことになります。


資本主義の勝利という勘違い


アメリカなどいわゆる西側諸国では、これを社会主義に対する資本主義、自由主義の勝利と受け止める人たちが多かったようです。

すでに中国は一足早く1980年代から、一国社会主義つまり社会主義国家だけで経済を発展させようとする路線に見切りをつけ、欧米や日本など自由主義・資本主義陣営との貿易や先進国からの技術導入で経済発展をめざす、開放路線をスタートさせていました。

ソ連とその支配下にあった旧東側諸国が自由主義経済に加わったことで、国境がなくなりはしないまでも、その壁はとても低くなり、グローバリゼーションの時代が始まりました。

これが新たな経済成長を可能にし、資本主義・自由主義によって世界中が豊かになっていくと多くの人が考えました。

しかし、現実には弱肉強食のバトルロワイヤルが始まり、先進国の資本や多国籍企業が後進国で荒稼ぎし、金融システムを破壊する結果になりました。

損害をこうむった後進国の国民や、先進国でも製造業や資源産業など儲からなくなった産業の人たちは、21世紀に入ると非理性的なナショナリズムに傾き、国家間や階級間の新たな対立・抗争の時代が始まりました。

一方、安い労働力や原材料費を活かし、先進国の下請け的な製造業で経済発展してきた中国が、経済力にものを言わせて軍備増強や、グローバリゼーションの弱者であるグローバルサウス(要するに後進国です)の切り崩し、抱き込みで、アメリカに対抗する超大国にのし上がってきました。

歴史は繰り返すと言いますが、まるで20世紀に戻ったような状態です。


再び戦争の時代に


人類は世界恐慌や世界大戦、ファシズムや大量虐殺の歴史からあまり多くを学ばなかったようで、相変わらず先進国人たちの多くは自分たちの仕組みや考え方は正しくて、悪いのは後進国の連中だと考えていますし、後進国の人たちは先進国の傲慢さや、「自由主義」と言いながら他の国々を支配しようとする姿勢を批判しています。そして、自分たちが20世紀に世界を覆った非理性的な見方・考え方にまた囚われていることに気づこうとしません。

後進国や新興国では独裁者を誕生させていますし、欧米先進国ではポピュリズムが横行しています。

しかし、こうしたことについてはこれまで何度も触れてきたので、これ以上繰り返しても意味はないような気がします。ここから考えを先に進めるには、非理性がどんな力学から生まれるのかを20世紀の例からもう一度考える必要がありそうです。


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