嘘と本当の話をしよう

魔女は、相手が大切にしているものこそ欲しがる。あいつが自分より大事にしていること。美しさをはなにかけて傍若無人に生きる者。もしくは、単に、ひとりの時間を愛するものなら、その時間だけ。

自分だけの一人の時間だって、魔女にすれば宝物になりうる。

奪う価値はある。

それを知っていたから人魚姫は歌った。愛しい男を想うとき。焦がれて視野が霞ががるとき。あえて真っ昼間の彼女たちがそうするように、楽しく歌ってみせた。

案の定、魔女は、人間になれる薬の代わりに、人魚姫には『声』を要求した。
人魚姫は内心であざ笑う。
バカな、魔女!
騙された、魔女!

声を失った人魚はぶじに上陸し、人間たちに紛れ込んだ。計画どおり。人魚として培った美しさ、外見、髪の毛、顔、すべてがある。困ったふうに道ばたでおろおろしていれば必ず誰かが手を差し伸べる。計画どおり!

ただ、計画は完遂されなかった。

肝心の、人魚姫が助けた王子様なる男が、人魚姫を別の女ととりちがえて、そちらのほうが自分の女と信じてしまった。

バカな、男!
騙された、男!

人魚姫は憤死した。体が泡になって溶けるほど。魔法と怨念がまざってぶくぶく泡になってそこに、泥の毒の底なし沼をつくった。

経緯を魔法のカガミで眺めていた魔女は、真実を知った。騙されていた自分を知った。

……人魚姫、彼女はね、恋のために自己犠牲の精神を発揮したの。それはもう、うつくしい美しい愛の話。純愛の話。
そんな噂が広まったのは、3日後くらいからだ。

登場人物でもある人魚姫の姉たちは、皆そろって首をかしげた。妹のためになんかしたっけ、あたしたち?

なんもしてない、魔女は答えるだろう。
髪を切って私に捧げたろう、魔女は答えるだろう。

なにごとも、オモテ面とウラ面があるものだ。


END.

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