火花ちる、戦う

ギッ――、金物がこすりあって不協和音を奏でた。ちるの利き手に、不協和音が震動として伝達されるが、ちるは構うことなく利き手を振り切った。ィンッと遅れて音が追いつき、弾かれたクナイが足元に散る。

すかさず、ちるは、縦横無尽に刃を操って四方八方から投げられるクナイすべてを剣戟にて叩き落とした。隙を見計らってバックステップをとって間合いをはかり、目に見えている襲撃者への突貫をはかる。右手におさまる日本刀が、鍔を鳴らしてかりんっと錆びた音を鳴らした。
半身をひるがえして踊るようになよらかな肢体を舞わせ、小柄な女にあるまじき豪腕で日本刀を相手の面貌めがけてふり下ろす。

ほんの数ミリの差で、相手が後じさって逃げた。ちるはもう、襲われてからは彼を里の忍者の手先と認識しているが、その姿はどう見ても歌舞伎町界隈に生息する『ホスト』なる職業のそれである。

先が尖った革靴、高級腕時計、光沢感のあるストライプスーツに、赤いワイシャツなど着ている。男は容姿も優れていて、歌舞伎町を歩いていれば、ホスト、あるいは誰かのヒモか金持ちのチンピラといったところ。
彼は、だが声を作っているのか、はたまた偽っているのは容姿であるのか、老人のしわがれた声で散るに問うた。
「抜け忍の宿命は知っているだろう? 逆らうな、ちる」
「あたしは」
凜とした声と態度で、ちるが立つ。

歌舞伎町の7階建てビルの屋上は、どこか酸っぱい臭いがする。なにかが腐敗して、あるいはネズミか虫がはびこった、大都会の掃きだめだ。
そんな場所で決闘する女と男は、少なくとも女は、野山の里をひっそりと誰にも告げずに暁光に焼かれながら抜け出てきた者だった。

「――あたしは、ご主人の命を守ると誓った。里が手を引こうがあたしは知ったこっちゃない。あたしは、守ると決めた主人に従う!」
「あの男はもはや我らの客人ではないぞ」
「そんなこと関係あるもんか!」

ご主人様。かの男の家で下働きメイドとして潜入しているので、ちるは今日もその買い出しに町へと繰り出した。素っ気ないパーカーにスウェットを着てすべては里を出たあとにユニクロで買い揃えたものだ。
『ちる、おまえ、こんど、服を買いに一緒にでかけようか』
黒髪を長く伸ばして、厭世的を絵に描いたような、薄幸の若き男は、ちるに声をかけたものである。

日本刀を利き手に、もう片手に鞘と竹刀袋を握って、ちるは二本脚を踏んばらせて言い放つ。

「あたしは主人の忍者だ。もう里なんか関係あるもんか」
「お前、恋しているのか?」
「阿呆か? そんな憧れで済むならば抜け忍になどなるか!」

頬を赤らめるどころか、激昂して彼女は日本刀を構え直して、突きの姿勢になって腰を屈めた。ホストの爺いは笑った。
「里でいちばんのくノ一だったおぬしをあのような若造に持っていかれるとは、な。やれやれ。苦労が水の泡だ」
「ジジイ。訂正だ。言い直す。あたしは、忍者じゃない」
「ほう?」
「あたしは――、今のあたしは、単なるメイドだ!」

ちるは、胸を張る。命をなげうつ覚悟で主人に命は捧げた。あとは、主人を守るのに邪魔なものはすべて斬り伏せるだけなのだ。
何個目の障害か、ちるはもう数えるのもやめているが、ホスト爺いは盛大に肩を揺すって、それから長い指先のあいだにクナイを構えた。
「恋をしてないか? ちる。それは! これだから、くノ一は面倒なんだなぁ!」
「メイドも、主人にそのような感情は抱かない!」

歌舞伎町のとあるビルの屋上で火花は散る。鋼鉄が鋼鉄と叩き付けられて赤い火の粉がしゅびんっと舞う。このジジイ、やるな、内心でちるは舌打ちするが、だが。
クナイで切り傷をつけられようが怯まず、刀を持ち直して突撃した。

「抜け忍のくせに腕だけは相変わらずだな、ちる!!」
「あたしはメイドだと言ってるだろう!!」

ちるは、買い出しにでてきた身であるので、ご主人の夜食の刻限が気になりつつあった。はやく買ってもどらねば。



END.

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