僕の倫理は彼女のものだから
「これはなんじゃとおもう?」
うちのカミさんは海から引きずってきたものを家の前に放り投げた。
どしんと振動が響く。カミさんの身体ほど、半分ほどはあろうかという、ヌード女の体下半分に……、見えた。
ところが、肌が白く、比喩ではなく白くて、ほっそりした体躯に豊かな乳房。病的なうつくしさまで想起するほど肉体美が完成されている。上半身だけであるのに、そのせいで、彫像みたいなふうだ。僕は慌ててスマホの電波を確認している。
あほう。カミさんが言った。海女さんの白い仕事着を灰色にぐっしょり濡らして、鮮度よく、海のしずくを髪や手先から漏らしている。カミさんは浅黒く日焼けした素肌をしていてすばらしい。今は、白すぎる上半身を足元に転がして、不健全ではあった。
「溺死体なんかじゃありゃせんわ。腐乱もしとらん、肌の色もなんじゃこの漂白したよな白さは。こんなん腐乱死体ではないわい」
「でも他になんて言うんだい」
警察に電話したいなぁ、だってぶきみだから。それが本音であるけどカミさんを尊重する。うちは、『カミさんの尻に敷かれている』というやつだ。僕が、カミさんが大好きだからね。
ど田舎の片隅にぶきみな沈黙が降り立った。波のさざなみ、遠くからかすかに聞こえる。今日は海が荒れている。カミさんはだから仕事を切り上げてきたのだろうか。カミさんがぶつぶつ、決まりわるげに答えた。
「……ニンギョ」
「人魚か。人魚姫、の? それとも人魚伝説とかの」
「わからん。見たことねぇ。でもこんなん集落の皆に見せたらニンギョ言うジジババがどんだけでるか……。うちの土地じゃろ。伝説があるからタチが悪いんじゃ。アタシ、皆吉さんのジジイにも鈴木さんのバアにも、だぁれにもこんなん食わせたくねぇわ」
「わかったよ。ならいい方法があるよ」
カミさんとは東京で出会った。カミさんに惚れた僕が彼女の故郷まで彼女を追いかけて今にいたる。僕らはおしどり夫婦。とても仲がよく、上手くいっている。
その秘訣は、僕がカミさんに惚れ抜いているところ、だろう。僕の倫理は彼女が決める。彼女のもの。まんべんなく、すべからく。
だから僕は躊躇わずに決断した。
「裏の庭に埋めよう。まだ、誰も知らないからね」
END.
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