トイレの幽霊の流し方は

ああ、このヒトらは殺さなくてイイんだった。
いけないうっかりみんな同じ連中に見えてしまう。約束はまもらないと。それが、除霊はしないと決めてもらえた話だから。

この家に住まわせてもらえている。
今も。

除霊はされない。
幽霊屋敷を訪ねては除霊する、なにやら医療費などを要求してそういうことをする、闇医者のような女がきた。

女は、けれど、見てきてしばらくすると、話しかけてきた。
家人のいない、ふたりだけのとき。

トイレだった。

トイレに膝を広げて座りながら、女は、猫背になって両手を組んで、王座にでも座るよう便座にかけていた。組んだ手のひらにあごをのせて、しばし黙っていた。

便秘か?
見られているから、しないのか?

そんなふうな、物見遊山を見透かした。女は開口一番に吐き捨てた。

「変態野郎、いつもくだらねーこと考えて糞便してる人間を見てんだろ」

『!』

こちらを、振り返らず、女は便座にざす。

膝を広げて威風堂々たる、貫禄がにじんだ。只者ならざる気配がトイレに臭気のように充満する!

トイレは狭かった。匂うと臭い。

「ただ、……止めな。そうしたら除霊したッつッてこの家は詐欺してやるから。アンタはまるで人魚姫だよな。そんなクソ女のために殺されてよくまァあっちに行かず、こんな糞屋に思い出にしがみついて生きてるもんだ。よっぽど幸せな時間だったか」

……ああ、ああ、忘れていた何かを呼ばれた。グラタンが好きだった。カノジョはいつも、グラタンできたよ、おれにそう言ってきて笑った。

おれを殺したのは、カノジョの、ほんとうのカレシだった。おれは自殺したことにされた。生命保険がカノジョという王女の手に大金として手に入った。

おれ、は、でていく、カノジョの背中を見送った。

グラタン。
グラタンが好きだ。

もう、食べられない。
死んでいるから。

カノジョを追うこともできた、それはそうだ。
でもおれには、幸せな思い出の詰まったこの、家、のほうが、知らない女になったあの女よりも……大切だった。

そうだ、だから、ここにいる。

「思い出したか」

おれは、うなずいた。

女の正面にまわると、目が合う。女は排泄音をじょぼ、と躊躇いなく垂らし出した。

「この音、忘れんなよ。流すから。おまえのなかの怨みだよこれ。あとは、好きにしなよ。幸せな時間だけを味わってここにいればいい。だが約束しろ」

ハイ……。

おれは、従順に答えた。

女は、ペーパーで局部をふき、パンツをあげた。
それからトイレの水を流した。

ジョロジョロとおれの苦しみはなぜか洗われていった。
女が、トイレを出ていきながら、おれの肩をぽんと叩いた。うっそ、さわれんのかよ、こいつ、今さらに寒気がした。並の霊能力ではなかった。明らかに。

「いつもなら、こんな仕事しねーから。アンタが、約束破ったらすぐ殺すから。覚えておけ、これだけ。じゃあな、……気が済んだら、勝手に成仏しとけ」

おれ、は、出ていく彼女の後ろ姿を見送った。
ふわふわのスカートを履いてふんわりした女だった。
クチの悪さが現実離れしていたが。
夢のなかをおもう、死んでいるが。

あの、整った、清廉な背中を思い出す。

おれはもう誰も殺さない。
ただ、この、家にいるだけ。

築3年ほどの家に、新婚の奥さんが笑顔で旦那にうれしそうに言う。うっかりした。
今日のメニューがアレなせいだ。

「グラタン、牡蠣いれてみたんだけど。どうかな?」
「いや、そ~いう創作料理はやめろってば。だからさ。ふつー!! 普通のやつでいいんだよふつーので!」

わかる。
エビグラタンが、好きだった。


END.

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