ゾンビに齧られた人魚

「このバツ印は?」

海岸線のはずれに、印があった。冒険者は港町カルンナにおとずれてギルドにてマッピングしていたところだった。

スラム、商店、闇市、治安うんぬん、ギルドが収集している情報をギルド販売品である冒険者用マップに書き込んでいく。ところが、なんの注釈もなく、海岸線の果てに大きな太いバツ印。意味はわかった。絶対に侵入してはならない領域だろう。

しかしながら、此度の冒険者は流血沙汰が好きな蛮勇勇者だった。

「バケモノ? 討伐してこようか。賞金はいくらに?」

「あら……」

ギルドの窓口お姉さんは、冷たいまなざしを返して勇者を値踏みした。

本当は、ギルドでこのお姉さんがいちばんえらい。冒険者たちの冒険を采配して、ときには目障りな人物、厄介者などを始末できるクエストを手配する。ギルドとは、闇社会にもつながりがあり、お姉さんは闇商人でもあるのだった。

冒険者は、大抵、なにも知らない。この連中は派遣されていくのは自分の栄誉と信じている。此度の蛮勇者もそのクチだ。

ギルドの窓口嬢はしばし蛮勇勇者を見つめて、それから営業スマイルよりもシワが濃いめの微笑を浮かべた。

「……そちらは、50年ほど昔、黒魔術師によりゾンビの巣窟にされた地域となります。現在、ゾンビは掃討されておりますが、まだ一匹が残っております。ゾンビに齧られた人魚です」

「にんぎょが」

「はい。ですので、死なずの絶対不死者でございます。ゾンビ化した人魚の討伐例は聞いておりませんが、勇者さまがお望みならば、足を運んでいただいても一向に構いません」

「……あ、いや……」

気まずそうに蛮勇者は目をそらした。気まずそうに、頭を左右にまわした。

「やっぱ辞めときますわ。人魚は希少種ですし、ゾンビの人魚なんて、珍しいやつですよね?」

「それは、そうですね」

ギルドの窓口お姉さんはニッコリしてやさしそうに笑った。

もう少し、蛮勇勇者が生意気であったなら、人魚とは言わずにゾンビ・クエストとしてコレを、あっせんしているところだった。

蛮勇勇者、命拾いを、する。


END.

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