子どものいない日

人魚の幼体は誰も見たことがなかった。不老にして不死たる彼女らは、どんな生命よりも早く永く生きているから。

幼い時期などお目にかかれない。

けれど、人魚の一匹が地上に出ていったと噂がまわり、海はざわついた。人間に変身しているとはいえ子どもを産むのか。産めるのか。それは、本当に人間の子どもか?

海のざわめきと注目を集めたこの件は、しかし人魚の失恋に終わってしまった。人魚は、魔法に則って泡になって消えてしまった。

海は静かになった。人魚に同情したのではない。たんに、落胆した。

なんだ、やっぱり子どもは見られないのか。残念、残念、そういう海の連中の横をするりとまた人魚がすり抜ける。それは、生まれたての人魚姫であった。人魚たちが人魚をお姫様と呼ぶとき、それは子どもの人魚を指して言う単語であった。

しかし、人魚姫のすがたは、ほかの人魚、何億年と生きている人魚と変わらない。生まれたときから不老不死のすがた。不老なのだから、完全なすがたで生まれいでるのは、当然の話である。

「陸では子どもの日なんだそうだ」
「こっちは子どもを見損ねたが。もしかすると人魚の子どもってのは泡なのか?」
「そうなのかもな」

するり、と、人魚姫がまた一匹、ざわめく海の生きものの横をすり抜けた。
微笑を浮かべて、なにも答えることはなく。


END.

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