怪魚の女(たんぺん怪談)

あのアマは怪魚を飼っておる。ちかづくな。人面魚に、脚が生えてる魚に、キバつきの魚、なんでも怪しい魚ばっかりを飼育しておる。変わり者じゃ。海に出ようものなら、海に突き落としてそれっきりにしてやってるところだわ。
あのアマ、自分では決して海には出ないんだけどな。買取か? 変な魚ほど信じられねぇ報酬を出すぞ。
オマエさんも変人だなぁ。

うわさを信じた自分を喜び、男は、豪華な平屋の屋敷で鈴を引っ張った。古びたしめ縄が垂れていて、戸口は固く閉めてある。しめ縄の先で鈴がリンリンとした。

アマ、怪人、ひどい言われようの女が、数分後に戸を開けた。
拍子抜けもしないほどふつうの女だ。
髪はぼさぼさ、整った顔立ちでもなく、醜女というほどではなく、目つきはとくに僻んでいない、世を恨んで1000年といった類の顔つきではなく、そこらにいくらもいる、凡百の女たちの一人に見えた。

しかし、

「どんな魚ですか」

出会いがしらの会話で、女が怪人であるとは判明した。男は生唾を飲んだ。

怪人であるから、正直に、男もそっくりそのまま目的のみを告げた。

「人魚の肉を売ってくれ。なんでも払う。金でも土地でもおれ自身でもなんでも」

「うちは、売らないです」

「人魚の肉はあるのか?」

「強盗になるのですか。泥棒になるのですか。死んでもよいなら、どうぞ。無駄死にするだけの死体、もったいありませんから、魚の餌にいたします」

「人魚の肉は!!」

戸口が、音をきしませて閉まった。男が戸を叩いても、しめ縄をひいても、もはや応えはなにもない。

それから、その男は誰にも目撃されることなく、村を立ち去ったそうだ。

来るときは怪人女を探していたから、あんなに目立って、皆に顔を覚えられたのに。

誰も、その顔の男をそれ以来、怪人女の屋敷に向かって以来、見なかった。

ほれみろ、くわばらくわばら。酒飲み場で老人連中がうわさした。

あのアマの魚がまた肥えるわな。
太るわな。育つわな。売るほかは、魚がぶくぶくデカくなるだけなんだわな。

うわさは、また、新しい誰かを村に呼ぶことだろう。


END.

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