毎日ホワイトデイの新郎くん

彼にとって毎日はホワイトデーだ。眉目秀麗、成績優秀、体育も得意ときて、さらに律儀でまめな性格をしている。女子からなにやらものをもらう、差し入れをもらう、手作りのクッキーなどをもらう。

高校にあがるまえ、腹を壊したことがあり、母親から「手作りは遠慮しなさい」と叱られた。彼はそう言うようにしたが、それを申し訳なく思った。それからが、彼のホワイトデイな毎日がスタートした。

彼が、土日にクッキーを捏ねて焼き上げて、菓子を用意する。
それをお礼に渡すのだ。ラブレターのお礼に。断る無礼の詫びとして。手作りを断る無礼に、ごめん、受け取らないように決めてるんだ、でもお詫びにコレ、ぼくの手作りなんだけど。食べてみてよかったら。

彼の人気はますますうなぎのぼり、バレンタインデーには母親が車を出してチョコレートの回収に乗り出すありさまだ。
そしてホワイトデイにも、彼の母の真っ白なバンが学校の門に停車して、彼に大量の手作りクッキーやら焼き菓子やらの運搬を手伝った。彼の人気は女子だけでなく男子からも絶大な支持を受けている。男子にも、お礼にお菓子を配るからだ。ある男子など、泣きながらホワイトデイのクッキーを受け取った。誰かからお菓子をもらうなんておれオマエがはじめてだよ、好きになっちゃうよ、彼は優しく笑って、でも付き合わないよ、と軽口を叩いた。

大学に進学しても、彼は常に人の輪に囲まれて、佇まいは王子様のそれであった。
母親は言った。

「そろそろ彼女でもつくりなさい。勉強になるから。結婚相手の練習よ」

彼は、自分に毎日のように手紙を渡してくる近所の年上の女性を選び、交際した。学年がひとつうえの女子大生。しかし、幼馴染で、付き合いはずっと小学生から続いている。

カノジョが社会人になり、それでもカノジョは土日には彼の家にあがる。昔から付き合いがあるから、すっかり家族の一員になった。

彼は、大学を卒業した。

ほどなく結婚した。ひとつうえの幼馴染みと。カノジョはそのとき、はじめて、プロポーズの指輪を受け取りながら質問をしたものだった。恐らくずっと胸にしこりになっていた疑念であろう。

「どうしてあたしを選ぶの? もっと可愛い子、いくらでもいるでしょ」
「ぼくのために可愛くなろうとしてるキミ、好きだよ?」
「大丈夫。本当のこと言って。大丈夫だから」

彼は、しばらく沈黙を答えた。
レストランはにぎわうが、華となる王子様がその微笑みを絶やして真顔になるので、そのテーブル近辺にだけ緊張感が芽生えた。ひとつうえの幼馴染みは、指輪が差し込まれたベルモット生地の小箱を手に、今度は彼女がお姫様のようにして笑いかけた。

「大丈夫だよ。わかってると思うんだ。わたし、告白されたときから。でもずっと見てきたから。分かってるよ。安心して。ね、お母さんごと、愛してるよ。ホントを言って大丈夫だよ」

それでも彼は真顔で静かなものだ。

ようやく、顔を下げた。面目なさそうに。申し訳なさそうに。

「……キミがいちばん、母さんに気に入られてるから。ウチの近所に住んでるから。結婚しても母さんのそばに住めそう。ごめん。マザコンで。マザコンなんだ。ほんとに」

「ありがと。言ってくれて! いいよ、新居はウチの近く、っていうかキミんちの近くね。どうせご近所だし、ウチにも近いから助かる」

「……キミならそう言ってくれると思って、プロポーズすることにしたんだ」

「うん。いいよ」

彼女こそがすべてを許す王様であるかのよう、寛大にして慈愛に満ち溢れた眼差しが、まだ幼い王子様をつつんだ。王様は、王子様が恥じていることすら否定せず、受け容れた。その愛を。母への愛を。彼のなかにある、いちばんの愛しい女ごと、彼を受容してみせる、王様の器のおおきさをみせた。

「見てればわかるもん。いいお母さんだよね。実はあたしも、そっちの家の娘に産まれたかった、って昔、思ったことあるんだ」

彼は、彼はようやく、王子様でもなく、人気者の男子でもなく、イケメンでもなく。
盆百のマザコン男子の素顔を覗かせて、ヘヘッとちょっときもちわるい笑い方をした。

彼の人生で、はじめての笑い方だ。
カノジョにして王様である彼女だけは知る、笑い方となる。

「うちの母さん、いいだろ。まじ惚れる。結婚したいぐらいなんだわ」
「うわぁ。気持ち悪いなぁそれは」
「でも息子でよかった。いちばん、いちばん愛してもらえてるって毎日、実感するし。ボクってさ変態なんだよ。母さんの事だとさ」

「セックスは、あたしとだけだよ?」

彼は、また気持ち悪く「うへへ」と笑った。なにを想像したのか、王様は、考えてあげないことにした。彼の全部を許して彼を愛しているからだ。

「結婚式、どこにしよっか? 一応、聞いてみるけど?」
「へへへ、へへ……。母さんは、ハワイがいいって言ってる」

「りょーかい。豪華ー。お母さんがお金出してくれんの?」
「どうかな。ボクたちで稼げって言われるかも。母さん、ボクが大学でてからボクにちょっと厳しいんだよ。酷いと思わない?」

「普通なんじゃない? 息子に惚れられてたら。ま、りょ。んじや、がんばってハワイ挙式ね。教えてくれてあんがとね」

「こちらこそ」

彼は、彼は迷った内側からまた、気味悪くにやついた。皮膚の下のマザコン男が隠せない。オタク男子が二次元女子を嫁にしてるって告白するかのような、気持ち悪さと誇らしさと恥じる己の入り混じった表情だった。

王様は、あはっと笑い、彼を許した。

「こっちこそありがとう。キミはほんとに好きだ。嘘じゃない。ただ、母さんの次ってだけで嘘じゃない」

「そりゃ、ありがとうございますだわ!」

一組のカップルは、こうして、成立した。新郎の母親も一緒に婚姻しながらも。


END.

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