ノンネイティブ・ロールモデルの不在--鳥飼玖美子『本物の英語力』(講談社現代新書)書評

(2019年10月11日シミルボン原稿の再録)

つい先日、某有名ミュージシャンが、「日本人は6年~9年ぐらい英語をまじめに勉強しているのに、なんで英語話せないの。アジアで比較しても、日本人が英語できないことは、突出していないか」(大意)とつぶやいた。英語教育クラスタが反論し、議論が起こっていた。反論の中にもあったが、これ自体は昔からよくある日本の英語教育批判で、新しい点があるとしたらミュージシャンがつぶやいたことぐらいか…。

日本人の英語学習者に一番たりないのはなんだろうか?

英語を使う必要性、だろう。文化的、経済的、社会的…あらゆる「〇〇的」の観点から見ても、日本人全体として英語を学ぶ必然性は薄く、モチベーションにもならない。個人的には、語学学習で一番大事なのは、勉強法よりも勉強を続けるモチベーションを維持する方法だと思っている。特に、日本語と英語という言語学的にかなりかけ離れた言語を、外国語として(=その言語が使われている自然な環境に身を置かずに)習得するには。

でもこれをいってしまうと、もともこもないので、これはおいておく。次に足りないのは何だろうか? 鳥飼久美子の本を読むと感じるのは「ノンネイティブ・スピーカーのロールモデル」が、足りないのではないか、ということだ。

発音を気にしすぎる。あくまで自分の(使える)英語で良い。当然、めちゃめちゃな発音じゃだめだ。日本語になくて英語にしかない音、例えば子音の連続、子音で終わる、複雑な子音、アクセントにリズムなどは意識して練習する必要はある。でも、それさえ意識してしまえば、多少なりともつっかえても大丈夫だ。という自信。という点で、環境大臣のsexy発言は、ロールモデルとして間違いではないと思う。問題は彼の発言が質問にも答えていないし、具体策を欠いた徹底的に空虚なものであったことだ。だから英語話者のロールモデルであっても、政治家のロールモデルであるかどうかは、また別。この「別」の議論ができないのも、ちょっとした問題であるが…。

日本人学習者があこがれるロールモデルは、いわゆる帰国子女や「ハーフ(タレント)」などで、学習者がどう頑張っても到達できないレベルの英語運用能力の持ち主だ。「ああいうふうにしゃべれなければしゃべってはダメ」と半ば勝手に思い込んでいる。だからいつまでもしゃべれない。むしろ、宇宙飛行士やノーベル賞科学者のような、日本で主な教育を受けつつも、一生懸命英語を勉強した人の英語--それは往々にして日本語風のなまりが残っているのだが--をモデルにしないことには「完璧主義」の日本人学習者はいつまでも英語を使えない。

他に足りないものは何だろうか? 語彙である。大学卒業時に(がんばった人で)5000語近くの運用語彙があるというが、使うのに困らないのは10000語。ネイティブなら20000語。まだまだ語彙が足りない。確かに、ある程度の語彙がないと、聞いても困る、話しても困るものだ。なかなか流暢にやれない。

語彙を増やすのに効果的なのが「たくさん読むこと」だと鳥飼はいう。単語カードや単語帳のような日本語・英語が一対一対応のものは、スペルは読み・書きできても語法の誤りが生じやすい。実際に使われている中で身につけるのが一番なのだ。

「読むこと」からわかるように、鳥飼は文法の重要性も説く。複雑な文を読んだり書いたりするのには文法は必須。ただ、関係代名詞のような複雑なものはネイティブでも中学生くらいで習うものだから、外国語として英語を学ぶ人が習得するのに時間がかかるのは当たり前。語学学習は「一生続けること」という覚悟が必要だと鳥飼は言う。

「書くこと」も大事。ひょっとしたら仕事で使う英語の大半は読み書きになる可能性も。文法を知らず読み書きに難があると、相手は警戒する(不安に思う)。これが発音が苦手であれば、相手は気を使ってゆっくり話してくれる。だから有限の時間を優先的に何に配分するかは、よく考える必要がある。

『おさるのジョージ』というアメリカの子供向けアニメを知っているだろうか。ここに出てくるイタリア家シェフとアジア系店員は、英語音声で聞くと、ともになまった英語を使う。移民労働者だからなのだが、アメリカには多様な英語がある証拠だ。これが日本語吹き替えになると、均質な標準語になっている。学習する時にはもちろん規範となる英語がなければダメなのだが、現実の運用時には様々な英語があることを理解し、寛容になり、また自分の英語も、多様な英語のうちの一つであることを認識する。これが日本人学習者に必要なことなのではないか。

追記(2024年4月13日)

さいきんの私の英語事情を少し書いてみる。

➀YouTubeで教育系動画を見る。がんばるときは字幕なし→英語字幕。疲れているときは最初から英語字幕。よく見るのはBigThinkで5分程度のもの。一時期、ViceのWar on Drugsをむっちゃ見てた。英語習得というより、内容が面白いから見ている感じ。TedよりBTのほうが個人的に好きなのは、なぜか。聴衆がいないからか。わかりやすく話しているからか。

➁英語の専門書・論文を読む。読むのに時間がかかるので、読むなら翻訳のない専門的で必要性が高いもの。むかしは時間をかけてSFの原著(翻訳あり)をちびちびと読んでいたが、さいきんはその余裕はない…。

③英語で話すことはたまにある。といっても深い話をするでもなく。使っているうちに言葉が出るようになるが、そこに至る前に話が終わることもある。むかしはオンライン英会話を毎日1回1か月やったこともあるが…。

➃英語学習系の本。北村一真一択。オススメ。今は『英語の読み方 リスニング編』(中公新書)を読んでいる。というか、やっている。音声はディクテーションをするのだが、単語単位で聞き取ることに集中すると、全体の理解がぼやける、注意の偏在が起こることに気が付く…。


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