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他人の恋に、恋していた話

『あの恋』の記事募集はとっくに終わってしまったけど
書いてみたくなったので。

厳密に言うと恋じゃない、恋に恋していた、
それも他人の恋に恋していた頃の話。

7年間にわたる暗黒の音楽学生生活に終止符を打ち、
私はフランスに留学した。
特に強い志があったわけではない。
とりあえず通った音楽学校のしがらみのない所で勉強してみたかった。
留学先をフランスに決めたのも学生時代、第二外国語でフランス語を選択していたのと、ドイツやオーストリアは同じ学校出身の人が多そうで嫌だったのと、ちょうどタイムリーにのだめがパリに留学したのとwまあそんな浮ついた動機であった。

ちなみに当時の私は相当にやさぐれていてひねくれていた。
大学時代に2年ほど付き合った彼氏とうまくいかずボロボロになって別れて
男なんて生き物はロクなもんじゃねえという思いと、でもどこかで
お互いを高め合えそうな素敵な人に出会えるのを期待していて、
というすごくアンバランスな状態だったと思う。

そんな時に出会った『彼』の第一印象は、
やさぐれていた私にとって最悪だった。
向こうの学校に入学して、初めてのオーケストラの授業の時。
コンマス席で得意げにドヤドヤドヤァ〜〜!!!っとばかりにパガニーニを引き散らすアジア人男子。てか日本人。それが彼だった。
なんってゴーマンかました、イヤな奴なんだろう!!
ないわー。ほんとないわー。音楽家の勘違い男ってマジ最悪〜〜。
とりあえず男性は辛口評価の対象になっていた私、途端に脳内は彼への悪口のオンパレードで支配されてしまった。

そして帰り道、同じ門下の美人で心優しい先輩(私のお世話係)に
「あの人なんなんでしょうね?!めっちゃ嫌な奴そうですよね?!」
と憤慨しながら話しかけたのだが
「あ〜彼?同じ頃にこっちに来たし彼も同じ門下だから知り合いだよ。
う〜ん笑、確かにちょっと変わってるけど、特に害のある人ではないよ笑」
とにこやかにあしらわれてしまった。
しかも
「日本に、ずーっと付き合ってる彼女さんがいるんだよ」
彼女ォ?!あんな佇まいのヤツと長年付き合う女の子の気がしれん!!
私は全然モテないっつーのに!(関係ない)
・・・などギャーギャー騒ぐ私を見て先輩はただアハハハと笑っていた。

(ここまで回想しながら書いてみましたが、
私相当ひどいというか、ヤバい奴ですね。
誰が誰と繋がってるかわからないのだから、
迂闊に人の悪口なんて言うもんじゃないのに。無鉄砲にも程がありますね。
こんな留学一年生のお世話を先生から任されて、
先輩ドン引きだっただろうなあ・・・
まあなんせテーマは『あの恋』ですから。まだまだ続きます。)

だが、それほど経たないうちに、大ドンデン返し(?)が起こったのだ。
私たちがついていた先生が足の手術をすることになり、しばらくレッスンを休む事になった。
先生が休む間は代わりの先生がレッスンを見てくださるとのこと。
なかなか無い機会だし他の先生にも見てもらえるなんてラッキーくらいに最初は思っていた。
しかし代わりに来た先生はメッチャセンスの悪い先生であった。
フランス人はどぎつい音は嫌いなはずなのに、金属音のような音を出す先生で、しかもそれを生徒にも強要した。ガリッと弾くと褒められた。
先輩も私も戸惑ってしまい「あの先生、大丈夫なのかな・・・ちょっとレッスン受け続けたくないよね・・・」と言い合った。
そんなある日、オケの授業に行くと、例の彼が私と先輩に話しかけてきた。
「代わりに来てる先生誰?わーやっぱあのおばあちゃんか!あの人ヤバいんだよ〜前も代講に来たことがあってね・・・」
あら、話してる感じはそんなにやなヤツそうではないわ・・・?などと思っていたら
「全部あの先生が代講するもんだと思ってたから先生が戻ってくるまでレッスンサボろうと思ってたんだけど、僕の曜日はすごくいい先生が来てくれてるんだ!もし良かったら、聴講だけでも来なよ!」
とさわやか〜に言ってくれた。
あら、この人、もしかして結構いい人?
パガニーニドヤァはどうかと思うけど、わき目もふらず練習するだけな人なのかもしれないわね・・・?
だんだん彼の印象が変わっていった。
しかしまだ『あたしゃあ騙されないよ!』という気持ちもあったw

数日後、彼のレッスン曜日だという日に学校へ行ってみた。
学校の最寄駅から歩いていると、なぜかこれからレッスンのはずの彼が向こうから歩いてくる。
「あれっ、今からレッスンじゃないんですか?」
「ああっ!先生の都合でレッスンが早まって、もう終わっちゃったんだよ!
聴きに来てくれたんだ!ごめんね〜〜!!!」
「あ〜そうだったんですか!(まあせっかく来たし、ちょっと気になってるイケメンが来てるかもしれないしとりあえず学校行ってみるか・・・ウヒ←)じゃお疲れ様で・・・」
「お茶!!おごるよ!!!」
「えっ?!」
「せっかく来てくれたのに!申し訳ないよ!あそこにカフェあるから!」
「えっえっ」
・・・というわけで『やなヤツ』だった彼と急遽、
お茶をする事態になったのである。

予想外の展開に動転したのもつかの間、彼とのカフェでの会話は
思いの外盛り上がった。何を話したか今となっては詳細を思い出せないが、
留学の経緯や練習している曲やエチュードのこと、だったと思う。
話しているうちに、彼に対して値踏みする気持ちはすっかり消えていた。
彼の印象は、同じ先生のもとでひたむきに学ぶ、尊敬する先輩へと変わっていた。

結構長い時間話した後、
「そろそろ出ようか、でもまだ時間ある?これから楽器屋さんに行こうと思うんだけど、もしまだこっちで楽器の調整とかお願いする職人さん決まってなかったら紹介するから一緒に来ない?」と言ってくれた。
当然来たばかりで楽器屋さんのことなど何もわからなかったので是非!と一緒に電車に乗り込んだ。

電車の中で、私が大学時代に付き合っていた人の話になり、彼も長く付き合っている彼女のことを話してくれた。
私は遠距離恋愛も、長く続いた恋愛も未経験で
ただただ物珍しく聞いていた。
そして無神経にも「他の子に目移りしたりしたことないですか?」
などと聞いてしまった。
「おいおい勘弁してよ〜w」なんてリアクションが返ってくると思っていた。
でも彼は至って真面目に
「まあ普通に『この子可愛いな』くらいは思うことあるよ。
でも電話越しに声聞いて、毎回ぶわっと涙が溢れるのは、彼女だけだから

思いもよらない直球を食らって、
私は日光を浴びたドラキュラのようだった。
自分はなんて毒気と邪気まみれの心で生きているんだろうと。
こんな人間ではマトモな人間に愛されないのは当然ではないか。
彼のことも、その彼女さんのことも、心底羨ましいと思った。
その後お邪魔した楽器屋さんでもいいお話を聞けた。
皆いい人だった。優しい世界があった。
そして私はその晩から熱を出して数日間うなされた。

それからというもの、私と彼は学校で会えば良く話すようになった。
初日にかなわなかった彼のレッスン見学も後日果たすことができ、
彼が話していた通りとても勉強になるレッスンだった。
現代曲の授業の作品発表のために演奏要員として2人駆り出されたこともあった。ある日のリハーサルの後、帰りの電車を待つ間に駅前のマックで夕飯を食べつつ話し込んでたら待っていたはずの電車の発車時刻を過ぎてしまい、もう30分待つ羽目になって二人で苦笑した。
オーケストラの授業の後は先輩と、もう一人私と同じく新入生で、陽気な関西人のMちゃんも加わり4人で仲良く集団下校するようになった。
一匹狼っぽい彼が女子3人に混じってくれたのは意外だったが、いつも楽しい話をしてくれて帰り道は盛り上がった。
ある日、Mちゃんが「彼女の写真見せて!」と彼を冷やかし、彼も「え〜まいったなあ」と言いつつちょっと嬉しそうに、そして大事そうにポケットアルバムを鞄から出してくれて、初めて彼女さんのご尊顔を拝見した。

・・・

なんというか、あらゆる意味で
『超えられない壁』みたいなものを見せつけられてしまった気がした。
帰宅してからもしばらく、彼女さんのやわらかな笑顔と、
写真に添えられたメッセージの端正な文字が目の奥に焼き付いていた。
そしてなぜかただただ、切なかった。
自分と関係ない人たちの恋愛に思いを馳せて切ない気持ちになったのは、
初めてだったかもしれない。
あれだけ真摯に想い合っている二人を隔てる距離を思うと、胸が詰まる思いだった。

初めて彼女さんに会ったのはその年度の終わりの試験の時期だった。
彼の卒業試験を見届けに、彼女さんが来仏してきたのだ。
ある週末、すっかり仲良くなった楽器屋さんが皆を家に招待してくれた。
「はじめまして」
彼女さんは写真で見た通りの、柔和でかつ聡明な女性だった。
彼や私がバカ騒ぎをしても、ニコニコと見守っているような人だった。
気がついたらもう日付が変わりそうになり、慌てておいとましたものの家まで帰れる電車はなくなってしまっていた。
偶然にも、彼と彼女さんと方向が一緒で、途中まで一緒に歩いて帰ることになった。私完全なお邪魔虫だ・・・居づらいわ〜と思いながら(とはいえ一人歩きはコワイ)。
だいぶ歩いた後にようやく分かれ道が来て
とある商店街通りの入り口のアーチのところでじゃあここで、気をつけてね、おやすみなさいとお別れした。
私はなんともなしに、アーチの向こうに遠ざかる二人の後ろ姿をしばらく眺めていた。
心底、いいなあ、羨ましいなあ、と思った。
私も、誰かの目に、あんな風に映れる二人になりたいと思った。

あの頃の私は、紛れもなく、あの二人の恋に恋していた。

(追記)
後日談を書きました。


エネルギー欲しい方いらっしゃいませんか?売るほどあります!(≧∇≦)