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ノア・スミス「自動車戦争」(2023年12月10日)

"2023 BYD Atto 3" by peterolthof, CC BY-ND 2.0

大波のように押し寄せる安価な中国製の輸入車が世界の産業秩序を動揺させている

ヨーロッパと中国のあいだで,貿易戦争がじわじわと醸成されつつある.両者の関係が悪化しつつあるのには,いろんな理由がある――中国がロシアの戦時生産を支援していることや,ヨーロッパ企業が「リスク軽減」を図って,中国から投資を引き揚げていること,イタリアが中国の「一帯一路」から手を引いたこと,などなど,ただ,大きな注目を集めている手痛いポイントは,自動車産業だ.

ようするに,中国が溢れかえるほど大量の電気自動車をヨーロッパに送り込んでるんだ.少し前まで自動車産業で中国は参加賞をもらえる程度のその他大勢だったのが,過去2年のあいだに世界最大の輸出国に上り詰めた.EV はそうした輸出で巨大な割合を占めている.そして,中国製 EV 販売の大半は,ヨーロッパ向けだ.

中国からの電気自動車の輸入がこの一年で急増している (Source: Bloomberg)

一部の予測では,2025年までに,ヨーロッパで購入される EV の約 15% が中国製になると見込まれている――そうした中国製 EV には,テスラやフォルクスワーゲンみたいな西洋の自動車企業の車両も含まれるし,BYD みたいな中国企業の車両も含まれる.

どうしてこうなってるのか,その理由はとてもわかりやすい.中国は電気自動車の生産に巨大な助成金を出していて,ヨーロッパは電気自動車の消費に巨大な助成金を出している.こういう状況だったら,経済学の概論授業で習うようなどんなモデルからでも,結果をかんたんに予測できる――中国は EV を製造して,それがヨーロッパでたくさん売れる.

というか,この基本的な動きは,近年の輸出急増の前からすでに見られた.ふつう,自動車は販売地域の近くでつくられる.でも,2021年ですら,ヨーロッパはそこで製造されている数を上回る EV を購入していた:

Source: International Council on Clean Transportation

でも,中国製 EV の輸出急増はもっと最近の出来事だ.そこで,急増してる理由の一部をざっと見ていこう.

第一に,中国の EV 助成制度について,Bloomberg がすぐれた記事を出している.中国が製造企業に出している助成金は,EV 1台の生産につき 1,400ドルを超える.それに,EV 企業に安く土地を提供して資金も出しているし,この部門の研究開発にも多大な助成金を出している.さらに,EV を政府が直接に購入してもいる.ただ,中国は,ヨーロッパでの生産よりも現地での生産にずっと大きな助成をしている.

中国が輸出で圧倒的な存在となっているひとつの理由はそこにある.ただ,それでおしまいじゃない.他にも,EV 用バッテリーのサプライチェーンのほぼ全体を支配している点も理由に挙げられる.例外は,最初の資源採掘の部分だけだ.

EV 用バッテリーのサプライチェーンは,採掘から先の全域で中国が圧倒的なシェアをもっている (Source: Bloomberg)

内燃機関で走る車に比べて,電気自動車の方がずっと単純な機構をもっている――基本的には,車輪のついたバッテリーにすぎない.EV に搭載されているバッテリーは,その車の購入価格の約 40% を占める.EV を大量生産するには,サプライヤーがすぐ隣にいてくれた方がずっとやりやすい.中国よりもヨーロッパの方が,バッテリー価格が 33% も高くついている.

それに,バッテリーは EV の重量の 4分の1ほどを占めている.バッテリーがすべて中国で製造されているために,消費者に近い地域に工場をつくることで節約できる輸送コストはそれほど大きくない.

さらに,マクロ経済的な理由もある.誰もが知っているとおり,いま,中国経済はいま大きく減速している真っ最中で,あれほどの消費助成があってもなお,新しい EV を求める現地の需要は減っている.ヨーロッパ経済も不調ではあるんだけど,基本的に中国は現状よりもずっと急速に成長する中国経済を想定して,その需要に足りるだけの EV を生産する計画を立てていた.このため,中国の EV 製造企業は国内では捌ききれない大量の在庫を抱え込んでしまっている.そこで,彼らは価格を引き下げて在庫をヨーロッパにぶん投げているんだ.

そして最後に,中国の自動車技術者やバッテリー技術者のひらめきと創意を軽視しないでおこう.EV に向かって産業が転換していくなかで,内燃機関の技術を知り尽くしている旧来の企業が盤石にかためた支配をすり抜けて勝ちに行く一世紀に一度の好機が,新興の自動車企業にまわってきた.ヨーロッパのスタートアップ企業も,フォルクスワーゲンやルノーやメルセデス・ベンツに挑むことができたけれど,彼らはそうしなかった.かわりに,BYD や SAIC といった中国企業と,あとはアメリカのテスラ一社が,今日の勝者になった.

というわけで,助成金と,サプライチェーンの優位と,テクノロジーの転換と,マクロ経済状況が合わさって,安価な中国製 EV が大量にヨーロッパ市場に投下されている.ヨーロッパの指導者たちはこの件に憤慨して中国による EV 助成の調査を求めている.その結果として,もしかすると中国製自動車に対する関税が設けられることになるかもしれない.最近行われた中国・ヨーロッパのサミット後の記者会見で,欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はこう発言している:

過去2年を見るだけでも,貿易赤字は倍増しています.これは,ヨーロッパ人にとって大きな懸念材料です(…).根本的な原因はよく知られており,すでに議論しました(…).政治的に,ヨーロッパの指導者たちは我々の産業基盤が不公平な競争によって損なわれることを許容できないでしょう(…)競争は公平である必要があります.

(こういう方向で考えてるのはヨーロッパだけじゃないってことは言い添えておくべきだろうね.トルコも,関税以外の障壁を使って中国製 EV が国内になだれ込むのをせき止める方へ動いている.)

ヨーロッパ経済にとって自動車産業がどれほど重要かを考えれば,こういう反応はとうてい意外とは言えない.電子機器製造業がアジアに集中して,ソフトウェアがアメリカに集中している世界では,ヨーロッパがいまでも比較的に強い主要部門のひとつが自動車製造業だ.自動車産業は成熟しているから,新テクノロジーを規制したがるヨーロッパの癖もこの産業に打撃を与える見込みはそれほど大きくない.それに,自動車産業は重工業なので,部品が安価に輸送できる電子機器産業に比べると集積のもつ力はそんなに強力じゃない.自動車の生産拠点は世界各地に分散する傾向がある.大半の自動車は販売地域の近くで生産される.そのおかげで,全体的な競争力や柔軟に汎化する能力を失っているにもかかわらず,ヨーロッパはみずからの自動車の大半を製造できている.とりわけドイツは自動車のエンジニアリングのすぐれた才能を結集していて,そのおかげでほんとに優れた自動車をつくれている(あるいは,少なくとも,ほんとに優れた内燃機関の自動車をつくれている),

自動車産業を失ってしまったら,ヨーロッパはいっそう脱産業化の道へと押し込まれていくかもしれない.安価な中国製 EV は,ヨーロッパの消費者たちにとっては恩恵だし,炭素排出の少ない社会への移行を加速する助けにもなる.でも,この競争は,ヨーロッパの労働者たちを大量に雇用から追いやる脅威でもある――ヨーロッパの自動車部門で働く労働力の 7% がこの脅威にさらされる.伝統的に,アメリカに比べてヨーロッパではみずからの産業を外国との競争から保護することへの関心がずっと強い.EV をめぐる中国との争いは,いまも EU における保護志向が強いのか,それとももっと「新自由主義的な」アプローチをとっているのかを確かめるテストになりそうだ.

ただ,ここには国家の安全保障の観点もあるかもしれない.ウクライナ戦争は膠着していて,泥沼のまま長引きそうだ.アメリカ国内の政治事情で対ウクライナ支援が危うくなってもなお,長引くだろう.それはつまり,ウクライナが独立を維持し続けるのを支える役目は,ヨーロッパに託されるということだ.ウクライナが失陥すれば,今度はヨーロッパが困難な立場に置かれる.プーチンが次に目を向けるのはポーランドとバルト海だろうからだ.そこで,ヨーロッパとしては,弾丸・ミサイル・火砲・防空兵力・ドローン・装甲車両などの分野でロシアの戦時生産に拮抗する必要がある.域内の自動車産業のおかげで,ヨーロッパはいざというときに生産ラインを転用して防衛生産を増強できる.もしも自動車産業が中国に逃げてしまったら,ヨーロッパはロシアに対していまよりもずっと脆弱になるだろう.というか,自動車産業がこれほど全世界に広く分散しているひとつの理由は,そこにある.第二次世界大戦の戦中・戦後に,強力な軍事力を維持するためには自動車産業が必要だと多くの国々が判断したんだ.

もしも域内の自動車産業を保護しようとヨーロッパが決断したら,それはどうなりうるだろう? もちろん,中国製の自動車に関税をかけるのはひとつの選択肢ではある.ただ,関税には自明な制限がいくつかある.なにより,関税の影響は為替レート調整に制限される.少なくとも部分的に関税を相殺する程度には,人民元が切り下げられるだろう.それに,関税をかけるだけでは,かつて大きな存在感をもっていた輸出市場でヨーロッパの自動車企業が競争力を強める助けにはあまりならない.実のところ,中国製 EV の大半は,いまヨーロッパ企業がつくっているものよりもとにかくすぐれている.関税をかけたところで,そのことは変わらない.

こういう問題に対処するためには,ヨーロッパは関税にとどまらない対策をとる必要があるだろう.アメリカがやった「インフレ抑制法」(Inflation Reduction Act) に相当する対策が必要になる――つまり,EV そのものだけでなく,その製造に欠かせないバッテリーや鉱物加工設備にまで及ぶ大規模な生産助成金プログラムが必要だ.それに,ここ数年で自動車産業のまわりに積み上げて大きくなりすぎた規制の一部を単純化・削減する必要もある.EV 部門の研究開発への助成金ももっと大きく増やす必要がある.

さらに,近年,ヨーロッパが避け続けてきたことへの取り組みも重要だ:それが,スタートアップ支援だ.昔ながらの市場で昔ながらのテクノロジーにどっぷりつかった旧来の GM やフォードみたいな鈍重な巨人を相手に,スタートアップ自動車企業のテスラが大差を付けて立ち回れてたのも,偶然じゃない.ヨーロッパには,テスラがいない.ヨーロッパが本当に中国と競争したいなら,少なくともテスラみたいな企業が一社は必要だ.

言い換えると,ヨーロッパが域内の自動車産業を救おうというなら,この二~三十年ほどはまりこんでいた居心地のいい現状に安住するのをやめないといけなくなる.規制と惰性による現状への安住は,そもそものはじめから持続不可能だった.自動車製造業みたいな旧来の屋台骨産業が外部からのショックに見舞われるやいなや,システム全体が不可避的にきしみだした.

ヨーロッパは長らく幸運が続いていた――その内燃機関は優位を維持していたし,中国からの需要はドイツ製自動車を貪欲に呑み込んできた.でも,EV への転換というかたちでショックが到来すると,その長く続いた安逸な白昼夢は終わってしまった.ヨーロッパの指導者たちは,困難に立ち向かうのを選んでもいいし,それともさらに会議を重ねて虚しいレトリックをもてあそぶのに終始するのを選んでもいい.ちなみに,これと同じ選択に,いままさに他の数多くの前線でヨーロッパは直面している.


[Noah Smith, "Car wars," Noahpinion, December 10, 2023]



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