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Memory of Juliette

私達は皆常に何かを怖がって生きている。無敵の人もいるが、多くの人は何かを恐れて暮らしている。怖がることが優しさや気遣いの元になる事もあるが、反面勇気にブレーキをかけてしまう。

私が怖いのは自分をさらけ出す事だ。アーティストとしては致命的だと思う、自分を正直に表現できない、恥ずかしい。上手に感情を創作物に表せない。どこかで格好つけてしまって、見るに耐えないものばかり出来てしまう。もう20年以上アーティストとして細々活動し大学院に行ってもいまだに駄目なのだ。結局筆が止まってしまう。

2018年頃から描いていたMemory of Julietteもその一つだ。描いていた、というのはもう今年で加筆するのをやめたから。

Memory of Juliette 制作年:2018-2021 技法:キャンバスに油彩

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大人の性的な眼差しと少女時代の終わり

私自身、小学生5年生の頃に車に乗った男に「父親のところに連れて行くから乗れ」と言われたのを皮切りに、ある時点から男性の性的目線に晒されるようになった。

一番恐ろしかったのは中学生の時、部活帰りに夜道で男に手を掴まれて、男性器を触らせられそうになった事だ。運よく車がやってきて男は手を離してくれたが、制服にべったりと精液が付いていた。

大人の性的な目線に晒された途端、少女時代は終わる。守られていた暖かい時代が終わり、敵に囲まれているような暗い世界に突き落とされる。

私は汚れた制服を洗濯機に放り込みながら、生まれて初めて「殺してやりたい」と思う程の強い怒りと屈辱感を味わった。

ジュリエットの思い出

”Memory of Juliette”は、友人の娘さんの髪をセットしている途中でふざけて走り回る彼女を撮った中にあったスナップを元に作った作品だが、家族に愛され大事に育てられる彼女の無邪気さと乱れた髪、髪に挿した白いダリアが美しく儚く、少女の生きる世界の儚さや、その時代の記憶が徐々に薄れ、ぼやけて行く感覚のメタファーとして表現した。

少女時代の柔らかいパステル色の世界と、その世界が見せる虚構の世界。少女が育つ優しい世界は、実は誰かが作った脆く崩れやすい繭であることをある時点で知らされてしまう。中には十分に成長するまで繭の中にいさせてもらえずに引き摺り出されて、食い物にされてしまう者もいる。

絵の中の少女には顔がない。ゆるりとまとめた髪と髪飾りのダリアとドレスで、個性を極力排除しあえて記号化された少女の姿を描いた。若い女性の性にまつわる問題を、一個人を超え普遍的で広汎で、根深いものであるという問題提起に繋がるシンボリズム的な作品に仕上げてみた。

数年に渡って少しずつ手を加えたライフワークだが、美しい表層に隠れた苦々しい不快感と絶望を表現するまでには至らかったと感じている。課題を残しつつも自己のスタイルから完全に逸脱する事なく自己の感情に踏み込んだ、ある種記念碑的な作品であると思っている。

作品等をメインに紹介しているインスタグラム:

https://www.instagram.com/yamashitaeiko/

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