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【note7月公開!】月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『うつら』を読む〈前編〉

 7月には、noteで公開してこなかった過去記事を再掲しています! 下旬には、活動開始初月に発表した20句作品「月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号」に対する鑑賞文のシリーズを公開します!

 こちらの記事は、月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号の『うつら』(作:上原温泉)を、若洲至が鑑賞したものです。まずは下の本編をご覧ください!


スプーンの深さが変わる?

 画面をスクロールして一番最初に表示される俳句が、こんなものだったら、普通は面食らうと思います。

三月のスプーン先月より深い

 「えっ」と思った方、それが正しい反応なのでご安心を。俳句を日々作ったり読んだりしている人であっても、この句は読んですんなり入って来るものではありません。驚きます。スプーンなんて、同じスプーンだったら、その深さは基本的に永久に変わらないですよね。それなのになんで「三月のスプーン」と「先月(つまり2月)」のスプーンとの間に違いがあると言っているのでしょうか? それを解き明かすために、まずは一度スプーンから離れて、3月と2月の違いについて考えてみることにしましょう。

2月と3月

 2月は冬の終わりといえる時期でしょう。まだまだ寒い日が続きますが、月初には冬の最終日である節分、翌日に「立春」があります。下旬頃から温かいところで徐々に梅や早咲きの桜が咲きはじめます。一方3月は、新暦では春のはじまりとなる月ですね。ひな祭り(桃の節句)にはじまり、卒業や異動のシーズンに入ります。子どもなら月の後半は春休みになり、その間に春分の日を迎えます。年度末の忙しさの中、月末に関東ではソメイヨシノが咲きます。草花も多く芽吹く頃です。

 2つの月の違いは、明確なところでいうと気温です。それに伴って植物のつぼみは少しずつ膨らみ、それらの花や芽は、私たちの目を楽しませてくれます。人々の服装もだんだんと春仕様になって、きっちりとした防寒着から、柔らかなものに変わっていくかもしれません。雪や寒さで制限されていた人々の行動も、だんだん外向きになっていきます。

 私にとっては、この2ヶ月の間で、ピンと張り詰めていたものが、季節が進むに連れて緩まっていくような感じがあります。これが、どう先ほどのスプーンと関係しそうか、という視点で考えてみると、あたかもスプーンも先月に比べてなにか緩んできて、その弧(曲がり具合)が大きくなったのではないか? という風に感じられるのです。自然とは全く関係のないスプーンというものを見たのに、季節の移ろいを強く実感している作者には、春の深まりがそこにも見出されたのだろうと、筆者は理解しました。

 上の段落で、春の「深まり」という言い方をしましたが、ここにも、作者が季節の移ろいをスプーンに見いだしていることを感じ取れます。「深まる」という表現を使うのは主に春と秋ですよね。その傾向が強まると過ごしにくくなっていく季節には、「深まる」というニュートラルな表現は好まれません(例えば冬には「厳寒」、夏には「酷暑」のような若干ネガティブに見える季語があります)。句の中に「深い」という単語が出てきたことにも、恐らく春の「深まり」という言葉が関係しているでしょう。

 もちろんこれは俳句の読み方のあくまで一例ですから、納得できない! 流石に深読みがすぎる! と思われる方もいらっしゃるでしょう。ここでもう一度俳句の表現そのものに注目し直してみましょう。すると、今度は別のことが見えてきます。

軽やかな表現

 それは音の軽やかさです。「三月」のサンと、「先月」のセンが読んだときにリズミカルな響きを作り出しており、俳句の意味内容がわからずとも、さらりとした印象を残します。また、スプーンの金属光沢を想像してみると、寒い時期と少し暖かい時期では、印象が変わります。寒い時期には澄んだ輝き、清冽せいれつな光が思い浮かびますが、気温が上がると、光沢は少し淡くなるような感じがしないでしょうか(星の見え方なども変わりますよね)。輝きの変わり方が現実としてあって、その見え方の違いが作者には深さの違いに映ったのかもしれません。

 それでもどちらにしても、季節の移ろいをスプーンという無機質なものに見出した、というところに作者の独特の目の付け所があります。そしてこの句を作るには、表面的に3月というものを捉えるのではなくて、他の月との違いや、どんな季節の中にあるか、そしてその季節に対する理解が必要不可欠だと思うのです。

 上原温泉の作品『うつら』の中では、独自の世界認識がありながらもそれを伝えてくれる説得的な言葉があるものが力強く存在感を発揮しています。しかし最初の印象だけだと「わからない」「無理がある」と思う句もあるでしょう。後編では他の句も取り上げながら、『うつら』の世界観を読み解いていきましょう

月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『うつら』を読む〈後編〉につづく

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